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西村善徳からの手紙-2006年7月〜12月-


2006年12月20日(水)農産物と流通の問題

  米を中心に甘藷までかつては農協一元集荷で農家は生産だけを考えていればよかった時代が長く続きました。

  しかし最近は農家が消費者に直送する時代になりました。流通革命の波が農村にも押し寄せてきました。

  流通業者には好まざる流通であり、消費者を使ってあの手この手で直送システムに水をさそうとしてきます。

  僕のところにもお役人が来て(有機の表紙ラベルをはっきり表示していな」いとか(無農薬農産物はありえないので、無農薬で栽培しても無農薬の表示はいけない」とかご指導を受けました。

  何でも地球規模で汚染されていますので、無農薬で栽培しても無農薬農産物とは表示してはいけないとのことでした。
 
  一方商社は輸入生姜を国産生姜と偽って流通していました。

  馬鹿らしくなって有機認定を返上して(自分が納得して栽培すればそれでいいのではないか)と考えました。

  しかし流通は消費者をうまく扇動して農民の取り組みに水を注ごうとしています。


2006月12月3日(日)僕は37度の暑いカンボジアに行っていました。

 
帰ると霜の降っている寒い冬にさらされ、さすがの体調を崩しています。
それに鳥ウイルスんの汚染地区と言うことで検疫され、まだに体調が回復していません。

  現地の農村はヤシの葉の家での、電気もしんぶんもない生活ですが、子供たちも元気に屈託のない笑顔で戯れていました。大人たちは稲刈りをしていました。

  一方ジャングルのなかにロ〜プをはりバレ−を楽しむ子供たちにはイジメを知らない世界がありました。でも地雷で両足を失った人や、目と鼻がやっと確認できるような傷跡の人たちが物乞いしている姿には心を打たれました。人の道を説くはずの宗教戦争や、独裁政治の犠牲者は今も「人は何で戦うのか」を問いかけているように思いました。

  日本の民間援助で立てたと思われる学校には日の丸が描かれていましたが、子供たちは、手を振ってくれました。「戦争は怖かった」と語る大人たちと同じ歴史をこの子供たちが語ることのない時代を望みたいものです。


2006年11月8日(水)生姜の収穫の最中です。

 
生姜の収穫が始まりました。
  四万十源流をさかのぼった旧東津野村地区に植えた生姜も立派に育ち収穫しました

  京都より消費者の方がこられて生姜と面会されました。
  この畑は完全に無農薬、有機栽培で育てましたが写真のように。立派に育ちました。植え付けから見守ってくださいました集落の方にも差し上げましたが、地域の方にも栽培に取り組む農家が生まれることを祈りました。

高レベル放射性廃棄物処分施設誘致反対の陳情が不採択となりました。

  核廃棄物処分施設反対の願いを込めて、あえて候補地の津野町に生姜を栽培しましたが、核処理施設反対の陳情が不採択となりました。誘致賛成の力が強く、誘致の火を消したくないために反対の陳情を採択できなかったのです。

  誘致賛成の陳情を足して2で割る結果を選びましたが、地域住民はもとより、全国の不特定多数の市民の理解を得る議決として受け入れられるには無理があるように思えてなりません。

  生姜はこれから貯蔵されて消費者の所にお嫁に旅立って行きますが 一つ一つの生姜には核施設誘致反対の願いが込められていますことをかみ締めてほしいと思います。


2006年10月14日(土)四万十源流の核廃棄物処理施設誘致応募を求める陳情は不採択となりました。

 
当施設に対しては、行政や議会は最初は前向きに検討していましたが、住民や周辺町村から袋叩きにされ結局10月13日の議会で応募陳情の不採択が決まりました。

  同時に誘致反対の陳情も不採択となりました。議会をまとめるために双方の陳情を不採択にせざるを得なかったことは、誘致賛成の議員に対する配慮があったためだと思います。

人類滅亡へのシナリオ
    
  隣接した愛媛ではプルサ−マル計画受け入れを正式に同意しました。

  北朝鮮では核実験が進み、一方日本では再処理工場から核兵器にも利用できるプルトニウムが大量に生産されることになりました。
  核が「人類に与える神々の贈り物」なのか、「悪魔の贈り物」となるのか、その答えの見出せないままに、地球は単なる星になろうとしているように思えてなりません。
核廃棄物処理施設に賛成の議員や住民はこれからも文献調査は必要という。

  世界の科学者が頭をつき合わせても答えが見出せないのに、田舎の農林業に生きる住民にどんな文献調査ができというのでしょうか。

  そんな主人の悩みも知らず生姜は収穫の時期を迎えました。植物には不安や悩みはないと思えてうらやましくなりました。
 


2006年9月26日(火)生姜もこんなに生長しました。
  写真は四万十源流近くの畑を開墾して植えた生姜です。こんなに大きく成長しました。
  生姜の前方を流れている川が四万十川です。上流になればこんなに川幅は狭くなります。周囲から農薬の飛散する心配もない土地を求めてついに四万十源流近くでの出張栽培となりました。

  「除草剤や農薬を使用しないで栽培できるのか」集落の人々に見守られながの栽培でしたがこんなに見事に成長しました。

  11月には入れば収穫となりますが、まず集落の方々に差し上げて残りを、無農薬生姜を薬用として利用される方にお送りしたいと思っています。 残りは保管していつでも利用できるようにしたいと思います。

悲しい出来ごと

  せっかく無農薬の畑を目指して四万十源流近くで栽培を始めたのに源流の山に「高レベル放射性廃棄物処分場誘致」の運動が始まりました。
  この生姜の販売代金も反対運動に消えて行くのかと思うと悲しくなります。

金を積む原子力政策

  この施設を受け入れた場合応募自治体には次のような金がばら撒かれるそうです。
文献調査の段階で年間最大2億円 概要調査の段階で20億円 さらに70億円を限度に順次ばら撒かれてゆくそうです。

  「途中で反対すれば中止もできるのでこの金を村つくりに利用するべき」と土建屋たちが住民を扇動して運動の輪が広まっています。

  「蜜だけを吸って最後には反対すればよい」と言う考えで動いてゆくことがどんなに無責任なことか、僕には許せないのです。

  ダム計画に反対を続けている徳島の木頭村に対して国は40年間以上もダム建設をあきらめようとはしなかったことを思うとき「交付金の食い逃げができるのか」が改めて問われようとしています。

蝕まれてゆく四万十の心

  四万十川はきれいな水が流れる川です。国の誤った原子力政策によりこの川の源流に住む村人の心が蝕まれてゆくことが金ではつくなえない宝を失ってゆくことになると思い悲しくなります。


2006年9月19日(火) 核廃棄物処理施設に四万十源流の村は大きく揺れています。

 
今四万十源流域では大変な問題が起きています。
  四国カルストのふもとに核廃棄物処理施設建設の話が持ち上がっているからです。

  橋本知事は「過疎の村に金をバラまく原子力政策は、たいていにやめるべき、安全なら何で交付金をばら撒く必要があるのか」とずばり発言しています。

  橋本知事は「村つくりは汗を流して作り上げる」べきものだと、交付金などを当てにする村つくりの発想を批判しています知事の考えには暗夜に灯火を見つけたような安堵感を感じました。

地下300メ−トル以上に埋設するから安全だ

  核廃棄物は、「地下300メ−トルに保管するから大丈夫だ」と考えるか「危険な廃棄物だから300メ−トルの地下に埋める」と考えるのかそれは村人の自由かも知れません。たとえ当施設が中止になったとしても四万十川減流の村を核廃棄物処分場に売り渡そうとした事実は四万十川を愛する人々の心からは消えることはないでしょう。
大きな財産が失われたように思えてなりません。

心の豊かさを求めて

  貧しくとも心の豊かさを求めて生きようとする村人が、生きてゆける村を築いて、金で心を買おうとした政府を見返したいと思います。
  消費者の支援があれば、「当施設反対を選択した村人の判断は間違いでなかった」と言う答えを得ることができると信じたいと思います。
 


2006年08月12日(土) 四万十川を訪れる方にお知らせします。

今年はガソリン高騰の影響でしょうか車は少ないように思います。
8月20日には中流域の四万十町大正で「アユ祭り」が行われます。アユの友釣り体験もできます。また火振り漁の実演もあります。旅の途中お立ち寄りくださいませ。

四万十町十和地区の道の駅の愛称募集中です。
全国から役目の終わったコイのぼりを贈っていただき四万十川に泳がせていることで有名な旧十和村の道の駅の愛称を募集しています。
応募は一人一点でハガキに
理由 住所 氏名 電話番号を明記して

〒786-0504 四万十町十川151-1

「四万十町役場十和総合祖所建設課『道の駅愛称募集係」

まで
締め切りは8月31日消印有効
最優秀には2万円  優秀2点(5000円)を選ぶそうです。
採用結果は9月下旬同町ホ−ムペ−ジで発表するそうです。
どんな所にできる道の駅かについては四万十町のホ−ムペ−ジでご覧くださいませ。
 


2006年7月23日(日)真夏の乾燥と台風に備えて生姜の網張りをしています。

 
この写真は最近の生姜の姿です。敷き草は真夏の乾燥から生姜を守るためです。

網を張っているのは台風から守るためです。梅雨が終われば夏の乾燥期に入ります。
乾燥と高温が続くと病虫害発生の危険があり気の休まる暇がない生姜つくりです。

町村合併報告
               
  大野見村は旧中土佐町と合併しました。本来なら窪川町と合併するのが本命と思われましたが窪川町は大正町、十和村と合併「四万十町」としてスタ−トしました。
 須崎市との合併が不発に終わった中土佐町と、窪川町との合併が不発に終わった大野見村が合併して新「中土佐町」となりました。
 須崎市との合併に賛成した立場の先生や窪川町との合併に賛成の先生により合併後の中土佐町の新町つくりがスタ−トしました。いつの時代でも主役を演じる先生方は身のこなしが上手なようです。
 
合併は誰のため
             
  行政のスリム化のために行われた「平成の大合併」ですが、ふたを開けてみると[負」の遺産の持ち寄りとなり、無駄な箱物の山を築きました。
  職員や議員の給料は高い方に並び、住民の負担は高くなりました。未解決のまま合併した、負の遺産の付けは後年度に重くなることだけは事実です。
  中土佐町では合併特例は使わないこととして合意しました。しかし四万十町では在任特例を使って新町行政がスタ−トしました。

何のための合併か
            
  在任特例は財政負担の軽減が柱となり勧められた合併に反するばかりか、[税金の無駄遣いだ]と 四万十町では「住民が議会に解散請求」を突きつけることとなりました。
 大が小を制する論理から生まれた合併は早くも多くの矛盾を住民に突きつけようとしています。
  一方村を捨て、山野を見捨てる人間社会に自然は牙を向いて襲い掛かろうとしています。悲しいことですがこれが万物の霊長と自認する人間の選んだ道なのです。


[大野見の紹介]

[ショウガについて]

[四万十源流の村から]

[大野見のLink]