Home

西村善徳からの手紙-2005年7月〜12月-


2005年12月24日(土)大雪で車も走っていません

 
南国高知も大雪でしたが、こちらでは冬用対策をしていない車ばかりですので、大変です。

  來春に植えつける生姜畑の耕起もしなければなりませんが、雪のためどうすることも出来ません。今年は稲わらを生姜用に保管していますが、このわらも雪をかぶっています。

村は合併します

  日本から村を消す政策にのっとり吾が村も1月1日から隣町と合併することになりました。大晦日の除夜の鐘を合図に合併がスタ−トします。そこで午前零時に花火を打ち上げたらと予算を組む計画がありました。でも反対が強く取り止めとなりました。どうしても花火を打ち上げる村の空気だとは思えませんでした。

「村社会は消され、大が小に勝る手法に吾が村が飲み込まれる運命の時刻に何で花火か?」最後の村人のレジスタンスだと思いました。

何で県は合併しないのですか

  県は町村に対し「合併しろ,兵糧攻めにするぞ」と脅しました。
  しかし僕たちは「その前に県が合併すべきだ」と思いました。四国県高知郡になれないで、1500人の小さな村を消して鬼の首を取ったように評価するとしたら僕はどこか間違っているように思えてなりません。

合併特例債とは何か

  行政は「有利な合併特例債を使って村つくりをしなければ、取り残される」と指導して強引に合併を進めました。
しかしあと1週間で合併が決まりますのにまだ「合併特例債を何に使うか」決まっていません。

  「過疎債を充当するので特例債による事業を計画する必要はない」そうです。正直に表現すれば「ことここに来ても過疎債の使い道がわかりません」と言うことです。
「合併したらこんなアメがあります」と合併に町村を追い詰めた県の「米びつ」には米はありませんでした。

  特定の子供だけに、特別メニュ〜の給食を出す余裕は県にはありませんでした。要するに 合併の世論つくりに《特例債》を振りかざしただけの事だったようですが僕にはさっぱり理解できていません。

  「ぜい肉を切り捨て、流せる血や汗を流しつつ住民が一体となって自主独立路線を選択」した馬路村や梼原町が僕には輝いて見えてなりません。

  「合併協議会委員として僕に何が出来たのか」胸をはって説明できない自己矛盾に白い雪がぼやけて見えています。
 

2005年10月26日(水)生姜の収穫が始まります
 
間もなくしょうがの掘り取りがはじまります。写真は収穫をまつ生姜畑の姿です。雑草と共存しています。

  除草剤を使わないので仕方ないことです。雑草も夏の乾燥期には水分の蒸発を防いで生姜を乾燥から守ってくれる役目も果たしてくれます。雑草には雑草としての役割りもあるのです。といっても生姜が雑草に負けない程度の話で、バランスが崩れたら雑草は憎まれ役になります。
         
殺虫剤を一度使いました。
          
  収穫3ヶ月前の8月にメイチュウ(農薬工業会のWebサイトより)が異常発生しました。
周囲の畑に迷惑になってはいけませんので不本意ながら殺虫剤を使用しました。

  四万十川を旅する途中には立ち寄って生姜の収穫体験をされることをお勧めします。
「田舎で泊まろう」を体験して生姜と格闘してみるのも,四万十の旅の思い出になるかも知れません。

2005年8月27日(土)有機生産者の仲間を訪問してきました
 
先日は兵庫の方に有機生産者の仲間訪問の旅にでていました。皆さんそれぞれ頑張っていまして、勉強になりました。

  ただ所得の差にはびっくりしました。高知の山間部はウサギ小屋のような家に住んでいますが、建築様式から違っていました。

  僕たちは単作ですが、兵庫の方は便利がいいので年間畑を休ますことなく回転なしていました。南国高知とは云え冬が長い山間部としてはいたし方ないことですが、貧乏のわけが理解できたように思いました。

水のないダムを見てきました

  帰りに四国の水がめ早明浦ダムを見てきました。写真は湖底に沈んでいた村役場の姿です。水のないダムが惨めな姿をさらしていました。


2005年8月27日(土)有機生産者の仲間を訪問してきました

 
先日は兵庫の方に有機生産者の仲間訪問の旅にでていました。皆さんそれぞれ頑張っていまして、勉強になりました。

  ただ所得の差にはびっくりしました。高知の山間部はウサギ小屋のような家に住んでいますが、建築様式から違っていました。

  僕たちは単作ですが、兵庫の方は便利がいいので年間畑を休ますことなく回転なしていました。南国高知とは云え冬が長い山間部としてはいたし方ないことですが、貧乏のわけが理解できたように思いました。

水のないダムを見てきました

  帰りに四国の水がめ早明浦ダムを見てきました。写真は湖底に沈んでいた村役場の姿です。水のないダムが惨めな姿をさらしていました。

  この役場を中心に村が水没しました。残された村人たちは合併を選択しないで独立路線を選びました。ダムで村をつぶされ、千人を切った小さな村を合併で消そうとしている政策に対するレジスタンスだと思えて,頑張れと声援を送りたくなりました。

  「都市の水源を確保するためにダムの犠牲となり、山の上に追いやられた村人を都市はどう支えてゆくべきか」、大きな課題をこの湖底の村役場は投げかけているように思いました。答を出す時間は容赦なく迫っているように思いました。


2005年8月20日(土) 連日の晴天は

こちらは晴天続きでついに香川県の水がめ早明浦ダムも底をつき、発電用水を放流することになり、何とか都市の生活用水を確保しています。

湖底に沈んでいた上流の村役場が姿を現した姿を懐かしむ報道はされても、「豊かな水源をどう確保すればよいか」を考えようとする動きには結ばれていません。

湖底に沈んだ村では残されたわずかな農地と山林以外に収入の道はありません。わずかな農地から生産される農産物は安いは輸入農産物との競争に負けて若者は村を出てゆきました。山林に収入の道を求めて村に残った若者も木材の暴落になすすべもなく山を降りています。

ダムにより生活用水の恩恵に浴している都市の生活者が豊かな森を守り、村に生きている農民の生活を保障する道を考える必要を、水のないダムは訴えているように思います。

郵政の民営化も町村合併も、水問題一つ解決できない現実は一次産業を見捨て、森を守る山村を見捨てる政策の結果だと思えてなりません。

そんなことをブツブツ云いながら生姜畑に行ってみると、乾燥に弱いしょうがは成長が止まり、あわれな姿を炎天下にさらしていました。
 

2005年7月16日(土)四万十川と自然保護

7月15日NHKで「里の自然よよみがえれ」と言う放送がありました
トンボの楽園つくりに夢を託す青年の姿が放映されました。

四国にビタミンと言うタイトルでしたので、全国放送はされていないと思います。
(この番組を見たらNHKの徴収料は安いと思いと思われること請け合いです)。
全国放送されることを望みたいですね。

さっそく四万十においでた方々を案内することに決めました。

自然保護と観光の難しさ
         
四万十の下流で休耕田を利用してトンボの楽園つくりに取り組んでいる方々がいます。
しかしトンボにとっては楽園でもそこに住む住民にとっては必ずしも楽園ではないかもしれません。

人間の手で草を刈り環境整備をしないとトンボは住み着いてくれません。
トンボには何の責任も無いことですが、草を刈る人間には生活と言う現実が容赦なくおおいかぶさってきます。

観光客を受け入れて収入源にしたら〜〜〜〜〜単純な僕など夢より現実に結び付けようとします。

でもそんな甘いものではない現実があるのです。その点をNHKさんはさりげなく触れていました。

どうする観光との接点
        
休耕田に湿地帯を作り、さらにトンボがすめる環境を作ってゆくには人間が手助けしてゆかねばなりません。

《生活と言う現実とのかかわりの中でどうするか》、厳しい答を求められています。
観光客が多くなるとそれだけトンボにとってはストレアスとなります。
≪さてどうする》人間どもの悩みには関係なくトンボは今日もノンビリ飛んでいます。
人間は飛ぶために飛行機を使い、ハイジャックにおびえています。

そこにゆくと四万十のトンボはノンビリと空に舞っています。



[大野見村の紹介] [ショウガについて] [四万十源流の村から] [大野見村のLink]