2003年12月22日(火)
ハルウララ見事に100敗
寒いです。でも日中はポカポカ陽気で3月ごろの気候です。こちらは四季が24時間の中にあるのですから、健康管理が大変です。
ところで、ハルウララ 東京からのツア−の皆さんの前で 見事に100敗の記録を達成しまし
た。
人気だけは一人前で、インタビューには記者達が押しかけ、交通安全のお守りは飛ぶように売れたそうです。 買っても買っても馬券は当たりませんが、ハルウララの尻尾の毛をお守りに入れると 交通事故にも当たらないそうで、どこでお役に立つことがあるのか、この世とは不思議な世界ですね。
日曜市を歩いてみましたが競馬場から流れてきたのでしょうか。大勢の観光客であふれていました
愛って何だろう?と問いかけるハルウララ。
勝てないハルウララをなぜ処分しないの?と言う問いかけに、調教師の方は次のように言っいます。
「ハルウララは物ではありません。生命の宿る生き物です。負けても負けても懸命に走る姿を見ていたら処分はできないのです」
多くの人々の愛に支えられてハルウララはこれからもひたすら走り続けてほしいと思います。ハルウララは負けても負けても走り続けています。厩舎に引きこもることは決してありません。
「引きこもりがちな子供さんや登校拒否の子供さん」も、まず外に出てハルウララがひたすら走り続けている姿を想像してほしいと思います。
来年こそハルウララに本当の春が訪れますように。
2003年12月6日(土) 「オペラ四万十」高知公演について
高知競馬場にハルウララが100敗目を目指して出走する姿を見学に東京からツア〜の方々がおい出る12月13,14日には「オペラ四万十」が上演されます。
競馬もいいけどぜひオペラにも足を運んでくださいませ(県民文化ホール)。
四万十川上流域の人々による手作り公演です。素人集団と思わないでください。素人集団だからこその味のあるドラマが見る人に感動を与え、晴れの県民文化ホールでの公演と相成ったのです。2月14日のワラビ座高知公演に負けてたまるかと土佐のハチキンの血が騒いでいます
四万十は死ぬ
物語は明治初期の四万十川流域に住む川猟師良吉、農家の娘おみね、恋敵庄吉を中心に展開していきます。川に対する沿線住民の愛と自然への尊敬の心を背景に今どうすべきかを問いかけていきます。このままではやがて四万十川は死万十川になると必死で叫ぶスタッフの自然保護への思いが根底を流れて物語は進んでいきます。
チケットは当日3500円です。東京からのツアーのかたは十分時間があると思いますのでぜひご入場くださいませ。また文化ホールの近くでは 平均年齢60歳ぐらいの土佐のハチキン娘達による日曜市も開かれていますので、ぜひ足を運んでくださいませ。
2003年11月26日(水) 負けて勝つ−交通安全と競走馬
また暖かい日々が続いています。どうなってんの?
文京区の有志の方々が今度高知競馬場を訪れることになりそうです。何でも旅行代理店ビッグホリデーさんの企画で「ハルウララ」という7歳馬に勝利をたくしての企画のようです。何でもこの馬の馬券を買うと腐ったものを食べても絶対にあたらない(食中毒)そうで食品関係者に人気の馬です。その上交通安全にも効果てきめんで ハルウララの馬券を買うと車にもあたる心配がないと人気です。
どうしてかって? そりゃー、初出走以来99連敗で、ついに100戦目に運命の期待をかけようというわけ。負けても負けても夢を追いかけ、処分せずに励まし続ける多くの人々に期待されて最後?のレースに臨むのです。
ちなみにハルウララの尻尾の毛を財布に入れておくと車にも当たらないそうで、交通安全の守りになりますが 宝くじにもあたらないそうです。もちろん100戦目の馬券も当たらないでしょう。
ハルウララは100戦100敗の記録を期待するフアンを裏切ることはないと思うからです。
12月14日出発。東京からのツアー料金は35000円ですがハルウララの馬券を買えば元は取れそうです?-----------
2003年11月23日(日)
晩秋の便り
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秋から冬の訪れを感じるようになりました。
今年は、霜が遅く紅葉は色づかずに終わってしまいました。
我が家で取れた柿と柚子です。
柿は、焼酎でさらして「さわし柿」にしました。見た目は悪いですが、自然の中で、ほったらかしにした柿ですので仕方がありません。
柚子も昔からの風味がします。葛湯に柚子の皮を少し浮かせると、とてもよい香りがします。柚子の香りがすると、一年の終わりが近づいた気がします。 |
2003年11月7日(金) 引きこもり四国遍路完結
柿が鈴なりできれいに熟しています。早く取らないとまもなく霜がふるでしょう。
ところで、引きこもりの四国88ヵ所遍路の旅は終わりました。引きこもり、いう言葉は適当ではないかもしれません。彼らは引きこもりでも、登校拒否でもありません。個性の表現に過ぎないと思います。ともかく外に出て、しかも自分の足で地球を踏みしめ、1400キロをひたすら歩き続け結願したのです。半年以上引きこもりの経験者が外に出て、しかも 四国を巡礼したのです。
2ヵ月の旅は苦しいこともあったと思いますが、さりげなく接待をしてくれる沿道の見ず知らずの方々との交流、そこには言葉は必要ではなかったと思います。
愛の前には言葉を超越した何かを感じたことでしょう。心と心のふれあいは、心の扉を開いて明日への出発になったことでしょう。四国の旅は終わりましたが、これからは人生の88ヵ所巡りの旅への出発になることと期待しています。
来年はまた別の若者が挑戦し、同じ道を歩くことでしょう。僕も途中参加をしたいものと夢見ています。
ニュージーランドのまことハウスからも、旅について心配していただきました。みんな元気に歩き続けたことを報告します。
また来年は 高知の子供もニュージーランドでお世話になるかもしれません。引きこもりでも登校拒否でもなく、大きくはばたくためのエネルギ−の充電に過ぎないのです。
暖かく迎えてあげてくださいませ。
2003年10月23日(木) こちらは 秋が深まりました。
米の収穫はやっと終わりました。これからしょうがの収穫です。
この季節のしょうが畑は葉っぱが、秋の陽を反射して光っています。この作業が終わると一気に冬がやって来ます。
2003年10月9日 お願いとお詫び
このたびウイルスに侵食されまして、不特定多数の方々にご迷惑をおかけしました。僕は被害者なのか、加害者なのか、わかりません。ただ無防備だったことに原因があると思い反省しています。大切な連絡アドレスが消えてしまいましたことお詫びします。
次の方々にお詫びします。
●登校拒否問題について、お問い合わせのありました愛知県の方、もう一度ご連絡くださいませ。
●ニュージーランドのまことハウス様にもご迷惑をおかけしていますが、一度ご連絡くださいませ。
●オーストリアのhurutoさん、帰国されましたか。アドレスが消えました。
●栃木県の安藤香様。那須農場で働いていましたkannbayasi君はあなたの御導きにより四万十川の旅の途中私を訪ねてこられましたことを報告します。
●kannbayasi君、四万十川の旅はいかがでしたか。オ−ストリア のhurutoさんとの出会いはいかがでしたか。すばらしい友ができましたね。四万十川の旅での人との出会いを これからの人生の貴重な財産としてください。立ち寄ってくださり ありがとうございました。
2003年9月26日(金)
「引きこもり」とか「登校拒否」とは言わないで
ニュージーランドから、引きこもりの子供達の四国遍路はどうなってるの?という便りがありました。地球の反対側から、成功を心配していてくださることに感謝したいと思います。
彼らは登校拒否でも引きこもりでもありません。
四国霊場88所を徒歩で巡る旅。引きこもりがちな子供達は元気に歩き続け、土佐路に入りました。徳島を出発してから、290キロで土佐路に入りました。行く所々で親切な地元の温かい接待に感謝しつつ、ひたすら歩き続けているのです。彼らは引きこもりでも、登校拒否児童でもありません。一つの表現に過ぎないのです。現代社会の失った遺産の掘り起こしの壮大な取り組みかもしれません。
13人の侍達-26の瞳
千葉県浦安市のNPOの方々に支えられて、2カ月で和歌山の高野山まで行きます。これからも幾多のドラマに遭遇しながら、旅は続けられて行くことでしょう。
沿道で見かけたら手を振って励ましてください。行く先々での人々との交流には言葉は要りません。さりげない、その温かさが貴重な財産として子供達に蓄積されて旅は続くのです。
26の瞳は、また行く先々の人々に貴重な心の交流の大切さを置き土産にしつつ、今日もひたすら歩き続けています。
窪川町岩本寺についたら連絡下さいね
26の瞳の子供達が岩本寺に近づいたらご連絡下さい。僕も次の札所まで一緒にお供させていただきたいと夢見ています。また、登校拒否の子供さんで一緒に歩く希望の子供さん、ご連絡下さい。窪川から足摺まで一緒に歩きましょう。海岸線の美しい景色のなかを歩きましょう。
僕は登校拒否ではな勉学拒否児童でしたが今日も楽しく夢を追い求めています。
2003年9月15日(月) スズメバチ
最近僕も大変でした。妻はマムシにかまれて入院するし、僕はスズメバチに2回もさされて大変でした。
病院に行くように進められましたが、注射代でビールを買いたくてついにひたすら腫れの引くのを待ちました。そこでスズメバチにたいしてゲリラ的な戦術を取りました。まず兵器はボトルにしました。このボトルに入り口をつくり中にブドウと焼酎と蜂蜜を入れました。今日1日で80匹ほど捕まえました。
焼酎に酔っ払ったスズメバチはボトルの中で高いびきでした。このはちをボトルから出して戦果を見せしめにすべく並べていたらアリが集まってきました。蜂蜜のついたスズメバチが焼酎に酔っ払っていることを知らないアリはハチをたべて酔っ払ったのかどうかはわかりませんが、今日は1日はスズメバチとのゲリラ戦に明け暮れました。
2003年8月29日(金) まだまだ暑いです
栗が笑い稲刈りが始まっていますのに(我が家の稲は目下開花中)蒸し暑いことこの上も無く汗が蒸発しません。栗が落ちると人間より先にイノシシがちゃっかり食べてしまいます。栗の変わりに米ぬかを置けば栗は食べないかと思いましたら、ちゃっかり両方とも食べられました。食糧を自給できない動物が生きて行くのは大変なことですね。
どっかの国はつかの間の飽食に甘んじていますが後進国の食糧をかき集めての飽食ですからイノシシとあまり違いは無いようですね。そう思うとイノシシにも近親感が持てますし、ゲリラになって捕獲作戦を決行する気にもなりません。
拿捕する事も考えましたが家族が分断されることの悲劇を思うと将軍さまにもなれず、結局イノシシの食べ残しを味わう事にしました。
西土佐はヤイロ鳥の鳴く村で原始林が保存されている村です。また水がきれいで昔四万十を渡っていた人が滑って転びましたがなかなか浮きあがってきませんでした。抱き上げてみるとふんどし(昔のぱんつ)にアユがいっぱいはいっていて起きあがれなかったのです。
こいに溺れる人は何処にでもいますがアユに溺れる人が四万十にはいるのです。
2003年8月17日(日) 今日はスシの話
毎日雨ばかりです。おかげで生姜畑の草は喜んで育っています。お寿司屋さんが大野見村へ来たことから、今日はスシの話。
スシは地方によって味が違います。高知県内でも市内と農村とでは味が微妙に違います。農村のスシは、酢がきついです。これは農村に行くほどに食材の鮮度が落ちるので、昔から酢を多く使っていたのだと思います。今は、鮮度と距離は問題なくなりました。
しかし、冷蔵庫が普及し、交通の便が良くなっても、農村の僕らには酢を好む遺伝子が組みこまれたまま平成を迎えているのです。
でも、最近はスーパーの味に慣らされてきています。農村のオバサンの歴史を受け継いだ味が失われてきていることは寂しいですねテレビが方言を使わない子供達を育て、ス−パ−が味の歴史を変えようとしていることは寂しいですね。
家だって、それぞれ地方の生活の知恵が込められた建築の歴史があるはずなのに、全国何処でも新建材の家ばかりで、挙句には建築職人が育たなくなりました。山は見捨てられ、保水力の失われた山谷が崩壊すれば、建設業界が笑う時代になりました。
セメントの水路のような川、堰堤で補強した山を見上げて美しいと感じる子供達が大人になる時代には、スシの味も全国統一の味になるのでしょうね。
2003年8月14日(木) 神田のおすし屋さん来村
雨になりました。故郷のない僕はお盆がきてもどこに行く当てもありません。そこで草刈りをしていましたら、ヒョッコリ東京神田のすし屋さんの訪問を受けました。
生姜より送料が高くつくので、遠慮していましたが、お客さんが希望するので、こだわりの食材を使っているそうです。
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僕ではなく、生姜に面会したくて来村されたのです。こだわりもココまで徹底すれば 草引きも手伝ってほしかったですが、あいにくの雨となりました。
四万十の源流水を持ち帰ることになり 源流点まで水汲みに行った写真です。神田の江戸っ子のすし屋さんのこだわりには、土佐のいごっそうも出る幕はありませんでした。
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2003年8月12日(火) 台風一過
台風10号のおかげで、オンボロ鶏舎のトタンが飛び、その上に栗の木が折れて飛んできて乗っかっています。
生姜は、どっこい生きています。台風一過のあとでは消毒しないと病気が発生する恐れがありますが、消毒できませんので、手をこまねいて運を天に任しています。神は見捨てない……と日ごろは手をあわしたことのない神頼みですが、神様もせせら笑っていることとおおよその察しはつきます。
「四万十川で遊ぼー!」http://asobo.lilac.cc/p.htmの市町村別リンク、大野見村の所にリンクされました。開いてみてくださいませ。
2003年8月9日 台風10号
台風10号が日本を直撃しています。高知も通過し、雨台風かと思ったら、あにはからんや風も大変なものでした。
クリが実りつつありましたが、大きな幹がポックリ折れて、倉庫の屋根にどっかり座っています。生姜は何とか立っていますが、この後、晴天になれば病気が発生する恐れがありビクビクしています。
四万十川でのキャンプを楽しみにしていた子供さんもいると思います。川はきれいなため、つい泳ぎたくなると思いますが、台風後10日ぐらい経過しないと危険です。それでも泳ぎたい場合は、上流の僕達の村がよいでしょうね。みなさんが泳ぎに来ることを想定し、四万十川は台風の力を借りてきれいに掃除したのかもしれません。
2003年7月26日(土) 草引き
暑いのに朝から生姜畑の草引きです。 セミの鳴き声がやたらと耳に飛び込んできます。
高知では「よさこいなるこおどり」が始まります。ぶっ倒れるまで炎天下の中を踊ります。普段はおしとやかな乙女の何処に、こんなエネルギ−があるのか不思議です。女性って潜在能力は無限なんですね。
2003年7月21日(月) 町村合併は誰のため
九州の豪雨被害はひどいですね。もともと四国のように石灰岩の地形と違って、溶岩から形成された地質ですから危険ですよね。危険地帯に指定してなかったことが問題にされていますが、それはどだい無理な話だと思います。富士山が爆発したら大変、と危険地帯を指定して住宅建築を規制できるでしょうか。誰かの責任にしてすむ問題ではないように思います。さて、本日はご報告です。
町村合併は誰のためかしら
町村合併もいよいよ大詰めになってきました。
四万十源流地域では、早くから広域合併を目指して合州国を立ち上げ、取り組んできましたが、合併が具体化するにつれて分散し小さな国境が作られてきました。かと言って、こんな小さな国には アメリカも手を貸してくれません。
住民投票の結果
かくなる上はと首長の直接請求による、住民投票が行われました。合併特例法による住民投票は、高知県では初めてです。議会の判断は必要になく、首長が直接住民投票を求め、結果は議決と同等とみなすものです。選挙は単独合併反対か賛成かの判断で投票することになりました。
したがって、単独合併賛成なのに、選挙戦に入れば広域のとびらを開くために賛成と投票を呼びかけました。かくして、広域合併を望んで反対と投票する意味がなくなりました。
村民は、なぜ反対、賛成の選挙をするのか≫わからなくなりました。それでも賛成と、賛成しなかった票の差はわずか1票でした。選挙により村が得たものは何もありませんでした。村民の中に修復しがたい亀裂と対立を生んだだけに終わりました。喜んだのは、僕の生姜畑の雑草だけでした。
広域合併を目指して
ここにきて、隣接町村から、広域合併を目指して合併協議会設置請求書が提出されました。賛成投票が広域に扉を開くことになると呼びかけた選挙の結果に隣接町村が感動して立ちあがったのです。これからどんなにドラマが展開して行くか 僕には予想できません。
ただ不思議なのは、東京で行われた全国大会で、≪押し付け合併反対≫を国につきつけた首長が、村に帰ればなぜ議会を飛び越してまで特例法を振りかざして行革そこのけで、強引に合併を進めようとするのか。僕には理解できません。
2003年7月6日 町村合併と雑草
こちらは合併で大揺れです。山の別荘?(客用宿泊所にしようとコツコツ手づくりしています)を勝手にゲリラの本拠地にして反対運動を展開しましたが、本日が投票日です。
戦局は神のみぞ知るです。私は反対運動を展開しましたが、本日が投票日です。
この選挙、おかしな選挙です。 村長が原爆反対で有名な窪川町との単独合併議案を議会に二度提案し、二度とも否決。今度は村長提案で住民投票と相成りました。
合併特例法とか何とかの都合のよい法律があって、住民投票で過半数を占めれば議決と同じ効力があるそうです。
そこで、竜馬譲りの血が騒ぎ始めました。単独合併反対の運動は日ごとに広まりました。この運動は合併推進のために地方自治法に特例を作り、議会の議決権を無力化する合併特例法に対するささやかな抵抗にすぎないかもしれません。
広域合併を望む村民と単独合併を望む村長とががっぷり四つに組んでの戦いですが、特例法を振りかざす村長が単独合併推進で、政府の進める広域合併に協力している住民が特例法というミサイル攻撃にさらされる奇妙なこととなりました。こんがらがったまま選挙で決着をつけようとしています。後には村民間に亀裂を生むだけに終わりそうです。
合併しても、しなくとも、米びつにはお米が無いのです。賛成、反対、どちらの道を辿って頂上を目指そうとも、辿り着く頂上には行革というご神体しかないことに、みなさん、お気づきにならないようです。
ゲリラ戦に明け暮れているうちに、生姜畑には恐るべきゲリラが潜伏勢力を発揮していました。生姜畑は青々と生育していると思い安心していましたが、青いのは雑草というゲリラでした。合併騒動で一番喜んだのは、雑草だったのです。
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