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2003年6月22日(日) ショウガの芽がでました
いまは、雨の合間をみて、ショウガ畑の草引きです。
昔から田植え歌を聞くころにはショウガの芽が出ると言われていますが、よくしたもので、ちゃんと6月になると芽が出てきました。さっそく待ってましたとヨトウ虫が出てきて大切な芽を切ります。ただ切るだけなのです。何の恨みがあるのだろうか?と思いますが、サッパリ理解できません。
(ヨトウ虫のリンクは社団法人日本植物防疫協会が運用するネットワーク。農作物の病害虫雑草防除に関する総合的な情報提供を行っています。)
夜の間に出てチョコンと切るので、ヨトウ=夜盗と書くのではないかと思います。
かくなるうえは、と「根切りトン」という農薬をご馳走していましたが、これが使用禁止農薬の指定となりましたので、結局は原始的にして近代兵器の手で一匹づつ捕まえては処刑しています。
敵もさるものでゲリラ戦法で夜間に出てきます。だから夜盗虫なんですよね。消費者は静かに(?)お休みでいらせられます時、僕達はアメリカ式ゲリラ撲滅作戦を展開しています。
作るより消費者になるほうがよっぽど楽だと思いますが 母の結婚相手によって子供の運命が決まるのか?僕は夜もおちおち眠ることもできず、ひたすらゲリラ戦を展開しています。
最近農村の過疎が進むのは、もしかしてこの夜盗虫に原因があるのではないかと思います。
夜盗虫も僕もゲリラ戦を展開する運命の星のもとに、格闘しながら夏の夜は今日も更けていきます。
2003年6月16日(月) ヤイロチョウ
昨朝はNHKの番組で西土佐が取り上げられ、四万十川のウナギが紹介されていました。
あそこではいまごろ秘境に生息する高知県鳥のヤイロチョウが鳴いているかもしれません。大野見でも6月下旬から7月頃だと思いますが、鳴きますよ。
人には姿を見せない鳥なので、「幻の鳥」なのです。鳴き声はとても美しい。ヤイロチョウと合唱したら楽しいでしょうね。
ヤイロチョウについては社団法人 高知県生態系保護協会のヤイロチョウとはに詳しく紹介されています。
2003年6月15日(日) 田植えもやっと終わりました
今年は田植はシナイつもりでのんびり構えていましたがいざ水田にしてみると百姓魂が顔をもたげて結局貰い苗で植えました。
皆んなが苗を持ってきて≪米を作らない百姓は百姓に有らず≫と進められました。
ショウガの後は土壌消毒の変わりに水を張って夏を越すことにしています。だから田植えは出来るのですが米が余っているそうですから栽培は遠慮していました。
それにしても地球号では今日も飢餓で多くの子供達が死んでいます。我が日本では飽食による成人病で今日も多くの人達が苦しんでいます。どちらが正しいかわかりませんが日本人が世界から集めた食糧による飽食に甘んじている裏ではその為に多くの子供達が飢餓で死んでいるのです。
米よりも熱心にショウガを作る僕達は食糧を生産する農民の使命を忘れた生き方をしているように思い肩身の狭い思いをしていましたが田植えをしましたのでほっとしています
呑める水で米作り
この水田に引かれている水は四万十川の上流の谷水です。
すくって呑みながら作業が出来ます。この間の大雨にはウナギや鯉が水田に迷いこんでいました。でも何時の間にかいなくなりました。
無事に川に帰れたのか心配しています。
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2003年5月29日(木) 入梅
我が四万十源流地方は 梅雨に入りました。気象台は発表していませんが、高知は西部と東部とでは徳島と愛媛ほどの距離があり、四万十源流では早く梅雨入りし、早く明けるのが例年のことです。遍路さんは雨にぬれてトボトボとひたすら歩いています。
頑張れ 登校拒否の子供達
先般、登校拒否や引きこもりの若者による四国遍路の旅の紹介をしましたが、すでに定員の倍近い希望者がいるようです。秋と春に分けて行うこともできますので、あきらめないで下さい。宿泊先として民宿も考えているようですが、受け入れ先の確保がなかなか難しいようです。
宿泊予定の町村には公的なキャンプ施設が整っていますので、民泊にこだわることもないと思います。キャンプでの接待は地元の方々も喜んで引き受けてくれますし、交流は可能と思います。いずれにしても、外に出て歩いてみようという若者に協力したいと思いますし、拍手を送りたいと思います。
37番、岩本寺に辿り着いたら、まず四万十川でキャンプしたらどでしょう。そんな提案もさせていただきたいと思います。テントや必要な備品は提供できます。
皆で参加したつもりで夢を描きたいと思いますね。ご問い合わせは千葉県浦安市 NPO法人「ニュ−スタ−ト事務局」047-307-3676にお願いします。
2003年5月27日(火) 昨日は東北で震度6の地震がありました。こちらは雨ばかりです。
ところで、いま村は合併問題で大揺れです。なんだかこのところ疲れてしまい、どうせ人生短いならば気楽に生きるべきと思えてきました。小さな村が合併に揺れるのは、賽の河原の石積みのように思えてきます。日本もやがて道州制に改革される可能性もなきにしもあらず。そうなると、政府は合併が成功しないほうが今後の取組のためにも「よし」と考えているのでしょうか。小さな村もひとつの日本の個性だと思うのですが。
では、気を取り直して、明るい話題です。
頑張れ不登校のこどもたち
四万十源流の小さな村に、不登校の子供達を預かって海外で立派に教育されている先生を迎え、村民と不登校問題について話し合う機会がありました。
問題は一様ではないと思いますが、子供達は社会に対して必死でシグナルを送っているように思います。僕達は既成社会の常識に汚染されていますので、子供達の「こえ」が聞こえないことが多いと思いました。
声を聞くために
もちろん、既成社会の汚染に埋没しているわけでもなくそれなりに各地で努力していることも事実です。徳島の阿波農業高校では 不登校やひきこもり傾向に悩む子供達に農場を開放して皆の悩みとして取り組んでいるようです。
不登校よ、さようなら
引きこもりや、結果として不登校にならざるをえない若者≪中学生以上≫を対象に、ひきこもりにさようならをするための四国遍路の旅を計画しています。
主体はNPO法人「ニュースタ−ト事務局」で今秋旅は始まります。四国遍路さんには、お接待をする習慣がありまして、何処でも誰でも遍路さんには親切に接待してくれます。
この人々の心の温かさを感じながら、旅を続ける中から心身を生きかえらせることが出来ればと願って計画されているようです。
今回の計画は同事務局の十周年記念事業として企画されているようです。1440キロの行程を自分の足で歩くことから 理屈抜きの何かをえることが出来ると思います。
和歌山の高野山で解散するまで四国88ヶ所を60日間弘法大師と同行民家にお世話になりながら、地元の人達と心の交流を深めながらひたすら歩きつづける旅となるでしょう。
もちろん事務局のスタッフも同行し、安全に気配りしてくれることになっています。
費用は1人35万円、定員は15名。参加申し込みは7月31日まで。
お問い合わせは事務局 TEL047-307-3687 FAX047-307-3687までお願いします。
海外で日本の不登校の子供達と寝食を共にしながら、大学に送り出している教育者がはるばる四万十の村までおい出てくださり、指導してくださったことに対する感謝の気持ちで、この四国遍路の旅の紹介をさせていただきました。
2003年5月14日(水) 四万十川での鮎漁解禁は6月1日から
四万十川上流でのアユ漁解禁日は、今年から6月1日となりました。
最近は水温が上がらず、稚魚が大量死しており、1カ月放流を遅らせましたので、5月15日を6月1日に変更したというわけであります。
最近の河川改修は「自然工法」を用いていますが、現実には魚たちの安住の住みかだった護岸の竹藪を掘り起こし、セメントと石積みによる景観主体の水路になろうとしています。そのため、水は遊ぶゆとりもなく、ただひたすら下流へと先を争って流れて行きます。
コケの生育するゆとりもなく、アユのえさは育たなくなりました。水中を住みかとするウナギもセメントの中では住めません。
これが四万十川で行われている自然工法なのです。地下に安住の住みかのないのは別にフセインだけではありません
四万十川の生き物たちも、川底の住みかを奪われ、外に出れば釣りあげられるのです。
2003年5月13日(火) 梅雨が近づいてきました
梅雨が近づき、こちらでは早くも雨の多い季節となりました。天候不順の折りにはみなさんもあまりハッスルしすぎないように気をつけて下さい。
四国遍路さんの季節になりました
暖かくなりましたので、四国88ヶ所巡りのお遍路さんをよく見かけるようになりました。先日も弘法大師と二人旅の娘さんが、道を間違えて僕達の村に入ってきました。四万十川を迂回して巡礼しているのかと思っていたら、道を間違えたとのこと。それも、また旅なんだと思いました。
戦友にかわって
巡礼に回っている方たちは、それぞれ人生のテーマをもっている方が多いようです。ガダルカナルで玉砕した戦友の霊を慰めようと、自らの手で木彫りの仏像を彫り、88ヶ所におさめるために巡礼している方もいます。一つ一つ彫り上げ収めるのですから、まだ何年かかかりそうですね。3か月に1体のベースだそうですから、まだ5年ぐらいはかかると思います。
東京都練馬区の早川信也さんご夫妻(80歳)はこの仏像を奉納する巡礼を続けているのです。
戦争を風化させないために
四国巡礼の旅を続ける若者が多いことは、喜ばしいことです。しかし、「うまく彫ってる仏像ね」と見るだけの巡礼はもったいないと思います。
ガダルカナル島には米軍が上陸。我が日本軍は飢えとマラリヤに倒れ、多くの若者が本土の土を踏むことも、母に逢うことも出来ずにかけがえのない命を落としました。そうした戦友の霊を慰める魂の込められた仏像なのです。尊い命が南の島で無残にも失われたという「若者たちの綴る歴史」の上に今の日本の平和?があり、私達の生活があるということを、仏像は若者に語りかけているのです。
こうしたことをかみしめる巡礼の旅にしてほしいと願っています。
2003年4月6日(日) 福島県立相馬農業高等学校について
この度、相馬農高が100周年を迎えられますことを心からお喜び申し上げます。
この記念すべき行事の一環として出版されます100周年記念誌に掲載する原稿を依頼されましたが、頭も無ければ、なんの予備知識も無いので「さてさてどうしたものか、どんなことを書けばよいのか」? チンプンカンプンな原稿になってもいけませんよね。
ついては、相馬農高卒業生の皆さんにお願いがあります。
卒業後のご活躍されるなかで、感じたことをお聞かせ下さいませんか。
「今後の農業教育に期待する」としたら、どんなことを感じていられるのか教えて下さいませんか。
卒業生の皆さんが実社会で学んだ声は、次の相馬農高の歴史に通じていくのですから。
2003年4月5日(土) 我が村の合併ドラマ
我が村の合併はカクなるシナリオで進んでいます。
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2月12日 |
村民から広域合併に取り組むべきとの≪要望書≫が出されました。そこで村長議会特別委員長名で単独合併ではなく「広域合併に向けて残された時間を関係町村に働きかけて行きたい」と回答しました。 |
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2月14日 |
村長は窪川町と単独合併に同意。法定協議会規約を作成しました。 |
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3月 6日 |
村長が議会議長、合併対策委員長と共に須崎市に出かけ、市長に「広域合併に向けて村としては取り組みたい」と協力をお願いする |
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3月11日 |
3月定例議会が開かれたが、新年度に向けての村長の施政方針では、合併には触れませんでした。 |
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3月19日 |
定例議会で15年度一般会計予算を議決しました。 |
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3月28日 |
定例議会から10日後に臨時議会が召集され、15年度一般会計の補正議案[合併予算]が提出されました。新年度開始前に臨時議会で次年度予算補正議案を審議することは 地方自冶法208条に抵触すると考え、廃案としました。 |
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4月 4日 |
村民議会に知らされずに、合併議案が提出された行政姿勢のチェックができなかった責任を取り、議長が辞職願いを提出するところまでドラマは進みました。 |
こんなシナリオで我が村の合併は進んでいますが、県のご指導と食い違う誤りがあればご指摘下さり、御指導下さいませ。
2003年4月4日(金) 村の合併問題
合併問題が村を揺り動かしています。
町村合併議案と一般議案との捉えかたの相違について
1.橋道のような一般予算は執行部が提出して議決すれば、一般的には問題はありません。
2. ところが、学校統合問題や町村合併のような議案は、まず地域の理解を得て提出し審議するべき問題です。
したがって、全国的に合併議案は、2.の方式を取っていますし まとまらない場合は住民投票にもちこんでいます。
我が村では、住民も議会も知らない間に法定協に進み、規約も作られ、後は議決を待つだけになっていました。合併議会開会の朝、議長がその事実を確認して、始めて行政サイドで合併が決められていたことを知りました。
3月11日に定例議会が開かれましたが、イノシシ被害防除の件は施政方針で述べられましたが、合併については何も触れませんでした。
3月28日に臨時議会が突然召集されました。ところが、開けてびっくり玉手箱。議会も村民も知らない合併議案でした。定例会から3週間足らずして突然臨時議会に提案されたのです。
さて、あなたならどうしますか。
すんなり議案を審議して多数決の原理に従って処理すれば、議会はご安泰で一番賢い方法かもしれません。名議長として一部の方には勲章級の評価を受けることになるでしょう。
かくなる上はと 勲章ものの議決を期待されて意見調整のために議員協議会を開きましたが、これが大きな間違いのスタートとなり、議長は辞職を決意するに至るのですから、議長席は重みのない席か、ドラマを描き続けるスタジオなのか。それは僕にはわかりませんので、お話は次に進めましょう。
話は元に返りますが、何の認識もない議員は、雲に包まれたような状態で議員協議会はまとまらず、ついに時間切れで開会できず廃案となりました。
合併問題を住民にも議会にも知らされずに、行政レベルで進めて、議決が必要になれば議案提出をすることが議会制民主主義であり、「こりゃ〜おかしい」と廃案処理した議長は議会制民主主義を否定する行為だという世論づくりに取りかかっている暇な方もいらっしゃいます。
僕は考えました。議会制民主主義とは、住民が主役でなくてはならないと。
町村合併も議決後に住民に知らしたらよいと考える前に、住民も議会も知らない世界で進められていく合併こそ誤りであるとの認識が求められることが民主主義ではないのかと思います。
そこで決意したのです。村民に理解されていない、知らされていない合併議案は、議案として審議するに値しないと考えました。 ついに、議長を辞職する決意で会議を開きませんでした。
会議は開くべきという意見も多数あることは事実です。しかし。会議のテーブルに乗せることは、可否は別にして、議案を認めることになると考えたのです。
住民を主役に考えてこそ民主主義だと考える代わりに、議長の 真っ黒な首をささげることにしたのです。
さて、これからどんなドラマが綴られていくのか、僕にもわかりません。
2003年3月10日(月) ウグイスが 鳴きはじめました
昨日(日曜日)生姜畑の整地をしていたら、ウグイスの鳴き声を今年初めて聞きました。
日曜日に仕事をしているなんて 何かの罰が当たったのかとお思いになられるかもしれませんが、ぼくは旧軍隊のように月月火水木金金の生活です。
それはともかく鳴き声ですが、まだあまり上手ではありません。発声練習にしてはきれいな声で、四万十川のせせらぎにこだましてのどかな春を感じました。
ウグイスは慣れるまでは喉を大切にするんだと思いましたね。朝1時間ほど鳴いたらバタリと鳴かなくなりました。きっと喉をいためないために早めに切り上げたものと思います。
やがて1日中聞こえるようになりますので、遊びにおい出てくださいませ。
2003/3/1(土)アメゴ漁が解禁
すっかり春になりました。雨が降っています。寒いけれども春を感じる雨です。ウグイスは3月5日頃、歌の練習に入りそうです。最初の発声練習の時はぎこちないですが、すぐに上手になります。
四万十川の「アメゴ漁が解禁」になりました
いよいよアメゴ漁が解禁となりました。四万十川上流の窪川から大野見村には昨年5月に稚魚100kgを放流しています。
大野見村では30cmクラスが期待できそうです。
1年近く四万十川で育っているので、限りなく自然に近いアメゴに育っていると思います。
大野見村では久万秋沈下橋上流、天満宮下流と自然の残されている下ル川地区がポイトになりそうです。
この下ル川は5月には幻の鳥(ヤイロチョウ)が鳴く秘境です。釣り糸を垂れていると人珍しさに小鳥達も歓迎の歌声を聞かせてくれます。
黒尊方面でも期待できそうです。四万十川中流域を西土佐村黒尊川が流れていて、原始林の中を流れる清流にはアメゴが元気に育っています。稚魚50kgを放流しているので、例年なみの期待は出きそうです。
旧営林署貯木場付近がポイントのように思います。ここは、自然の残された秘境で県鳥の幻の鳥「ヤイロチョウ」が生息している地域です。
人を信用しない神経質な鳥ですので、注意して移動してください。
土地の方を見かけたら、気軽に声を掛けてくださいませ。アメゴと同じく、皆さんとても親切な方ばかりですから〜〜〜〜〜。
2003年2月27日(木)こちらは春になりました
25日には東京に日帰りで行ってきました。武道館で、町村自冶確立総決起大会なる大会があります。合併で地方の自治権を奪うなと叫ぶのでしょうが、村に帰ったら合併を推進する「人」「役」を演じますので、器用でないといけません。僕はそれだけの技量がありません。人間失格組??
そんなことを思いながら参加しました。
でも案の定、押し付け合併反対を叫んでいるのに、合併を推進している国会議員の挨拶に拍手を送る……一体どうなってんの???
本音と建前の違いと言えばそれまでですが、住民にかっこよく見せるための「一人二役大会」かもしれません。これでは地方切り捨て政策からの路線変更を望むことは無理でしょうね。
九段のお堀の池は干あがっていました。ブラックバス等の有害魚の征伐とのことでしたが、出てきたのは自転車やゴミが多く、ブラックバスなど有害魚などと比べ、どちらに問題があるのか問いかけているように思いました。
昨年から風邪を引いていたので、東京の人に少し分けてあげたかもしれません。
2003年2月7日(金) 菜の花畑の真中にあの日の僕がいる
寒いかと思えば、日中は春の訪れを感じるようになりました。
「馬鹿は風邪を引かない」といわれますが、今年の風邪は反対らしく、僕は昨年末か
ら風邪と仲良くしています。
菜の花畑の真中にあの日の僕がいる
四万十川上流の村や町には、およそ文化とは無縁な一面があります。
そこで、手作りの演劇が地元の人々によって毎年1回公演されてきました。今年で7回目を迎えました。四万十を愛する多くの人達に支えられて7回の歴史を刻むことができたのです。子供から 高齢者の方まで、スタッフの方たちにはそれぞれの生活がありますので、練習時間の設定は大変ですが、7回の歴史を刻めたのは、まさ「継続は力なり」だと思います。
菜の花畑から物語は生まれました
有機の認定を受けている畑に昨年の春一面の菜の花が咲いていました。野菜の種が勝手に芽生えて勝手に花をさかせていました。
この菜の花に魅せられた乙女が感ずるままに脚本を書き上げ、窪川四万十文化振興会の主催で公演の運びとなったのです
脚本を書いた立道氏は次のように語りながら、来年の脚本に夢を描いているようです。
ひとつの作品を創りあげていく時間と喜びを共有できる仲間がいて、異世代集団の中で《殻を破る瞬間》に出会うことができるのです。
声の出なかった子が、腹から声を出すようになった時、わからないと半泣きになった子が「やります」と立ちあがった時、バリンと音を立てて殻が破れる。そこから 自信が生まれる。
そんな瞬間に幾度と出会いながら、観客に感動を与える、公演のできる喜び。そこに皆が共有できる幸せを感じています。
毎度観客を引きつけていく名優黒岩氏はもう来年に夢をつないでいます。
有機認定を受けた畑がこんな文化と結ばれようとは知らずに、今年もまた花を咲かせようとしています。
2003年1月31日(金) またまた市町村合併の話
こちらは寒さで地面がカチカチになって 猫も滑って歩けないほどです(オーバーかな、でも本当に寒いです)。
またまた市町村合併の話。
合併には、片足推進、片足どうでもよいという無責任な考えで隣接町村を見ていますが、どこもいざとなれば本音が首を出してきますので、面白くなりました。
東京では「国の押し付け反対〜」を決議して、村に帰ると住民には「(市町村合併に)乗り遅れたら大変」と押し付けようとする村長や議長達(僕も含めてです。申し訳ない)。もう、どうなってるの?という気分です。
こんな無責任な取り組みの村がいくつ合体しても結果には期待できないと思いますが、合併に反対かどうか以前の問題として、押し付け合併はいけませんね。要するに、東京からの発想で取り組む合併の行きつく先は、村社会を「出口無き暗黒のトンネル」に追い込み、日本から村社会を無くすることに通じているような気がしてなりません。
道路整備も進んだ社会環境を考えれば、合併も必要かもしれません。しかし政策無き合併はやはりいけません。さて、どうしたものやら。10年後に、どんな答えを出そうとしているのでしょうか?
2003年1月30日(木)びっくり仰天、冷凍庫の中の南国高知です。
昨日は隣接町村を合併問題で訪問していましたが、車は横になるしツルツル滑って大変でした。
チェーンも無ければ、タイヤもそのままで何の冬装備もしていないのですから、当たり前でしょうね。
●四万十源流の村で植樹活動ご案内
四万十川には四万十の支流がありますが、そのひとつが我が村を流れる島の川渓谷です。
この渓谷には、かつては天然林がうっそうと茂り、小鳥や魚たちの楽園でした。
しかし、営林署の赤字対策のために(?)、伐採され、見るも無残な姿に変身しました。
そこで100年後にはもとの自然を取り戻したいという夢を描き、林道の側にボツボツと植樹を続けています。
皆さんのご参加をお待ちしています。
| 日時:平成15年(2003年)2月8日(土) AM8時30分
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| 場所:四万十アユセンター駐車場に集合
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| 宿泊御希望の方には、大野見温泉をご利用していただきます (有料)。
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植樹場所は(犬返り)という場所です。犬も思わず進むことを諦めて帰ったという、厳しい自然環境の渓谷でした。でも、今では犬どころか人間様でもスイスイと通れる渓谷に変身しました。
何とか昔のように犬も引き返すような自然を取り戻したいと考えて植樹を始めたのです。
破壊しては建設するアメリカに負けないよう頑張りたいと思うのです。
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| 連絡先:島ノ川渓谷等修復緑化推進委員会事務局 TEL 0889-57-2023
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2003年1月24日(金)合併は?
四万十川上流の村でも合併はいろいろ模索されていますが、ここにきてボタンの掛け違いが表面化してきました。
早くから四万十合州国を立ち上げ、6ヵ町村でイベントなどを開いてきました。不思議なことに、合併の問題が浮上してくるにしたがって、合衆国にきしみが生じてきて、今は完全に合州国は分裂してしまいました。アメリカの査察を受け入れなければ修復は難しく感じられるほどです。どの国も資源を食い尽くし、独立が難しくなっています。東に温泉ができればみなが温泉を掘り、西に観光施設ができればみなが観光施設を造る。挙句には都市の人達に無駄金を使うなら都市に投資しろとののしられ、出口無きトンネルを掘り進む合併工法につるはしを振るうことと相成ったのです。今合併しなければ行き詰まる町村は、10年後にはもっと大きく行き詰まると思えてなりません。
別に合併反対論者ではありませんが、やるべきことを国がやってから、子供達にアメを配るべきではないかと思うのです。北海道が1つなのに、四国になぜ4つも国が必要ですか。僕にはわかりません。
我が村は恋人を探しています。人口1500人のチッチャな村は広域合併にもぐりこむより他に道はありませんが、何処の国もガ−ドが固く忍び寄る隙がありません。
窪川町との単独合併では単なる特例債を当てこんだ合併に終わることは目に見えています。
子供を並べて親の言うことを聞く子だけにアメを与えようとしていますが、どこかしつけ方が間違っているように思います。文部省は指導できないのでしょうか。
僕は親の言いなりにならない子供の言い分も聞く愛がなくては、子供はまっすぐには育たないような気がしてなりません。
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