2002年6月24日(月) オランダからのメール(ビックリ!!)
オランダの方からメールがありました。
今度四万十川を訪れてカヌーもしながら日本語も学びたいとのことです。
有機野菜を利用している方のようで、この日記はよく開いているようでして恥ずかしくなりました。
カヌ〜といえば 四万十川の中流の西土佐村がよいと思います。2週間ぐらい滞在して日本語も勉強したいそうです。
西土佐村の方にお願いします
西土佐村で、子供さんから日本語を習いながら、子供さんに英語を教えるような環境で、受け入れていただくのがよいかと思います。
また、西土佐村で有機農業に取り組んでいる方々と交流ができればと思います。西土佐村での良いアイデアがありましたら、教えて下さい。
有機農業に関心のある方が、日本から遠く離れたオランダでこの日記を読んでいらっしゃることに、驚くやら、恥ずかしいやら・・・(うれしい)。
オランダ人はみんな英語が話せるそうですので 言葉の心配は少ないと思います。
2002年6月17日(月) 「宮下千賀子さん」をご存知の方、教えて下さい
梅雨に入ったというのに、高知は雨が降らず、どうなってんの・・・?僕は病院の敷地を確保するために今、奮闘中です。
今朝の新聞を開いたら、宮下さんの写真と活動の紹介が飛びこんできました。。
僕とは玄米を買ってくれる消費者の1人としての交流でした。僕の送った玄米のぬかで焼いたケーキなどを送ってくださっていました。
その後お手紙は、なかなか届かなくなりました。イギリスに出かけたことまでは分かりましたが、連絡のないままに時は流れて行きました。 僕に、米ぬかケーキを焼いているとき、彼女は一人娘の登校拒否に苦しみ、ケーキにいろいろの思いを込めていたことを <夢>にも知りませんでした。
普通は、自分の子供の問題の範囲で考えがちですが、四万十の源流米を食べている人は、ドッコイ発想が違っていました。スチュワーデス時代に貯金していた資金で、彼女はニュージランド・ワカタネ市に不登校になった日本の子供達を受け入れる施設を建て、子供達と同じ目線で、裸の付き合いをしながら、生徒は<皆先生>の取り組みを実践されているのです。
<登校拒否>の子供達は、子供達だけが悪いのでも、子供達だけに原因があるのでもない。登校拒否は子供達が社会に貴重な信号を送っているのだと思います。第一の原因は<愛情>に対する飢えと飢餓に対する信号だと思います。
愛情を感じ始めると、子供はどんどん回復して行くと、宮下さんは語っていました。
テーマを抱えた子供達の面倒を見るのは大変だろうと思ったらさにあらず。<大自然の中で笑いの絶えない暮らしの中で、子育ての喜びを一人占めにしています>とのこと。
今冬には、ニュ〜ジ〜ランドに飛び宮下さんの学校に<人生学校落第生>として入学したいと 思っています。
宮下さんをご存知の方は、詳しい資料を送ってくださいませ。
〜〜〜〜また 宮下さんお願いです 〜〜〜〜〜
*ニュ〜ジ〜ランドで このHPを開きましたらメールを下さいませ。
2002年6月15日(日) 近況報告
晴天が続いて水不足になりそうです。空梅雨ですね。後半にどか〜と雨が降りそうで災害が心配です。そうなれば今度は集中豪雨の洗礼を受けることになります。土建業者の中には、人畜無害の災害を待つ人もいるかもしれませんが、そうは都合よくいきません。都合のよい結果を期待できないのが、人生というドラマの面白いところかも知れません。
2002年6月14日(土) 大野見村、ただいま病院建設中
有機農業とは単に食文化の面のみで捉えられがちですが、医学の面でも、薬漬け医療で、薬品会社と医者の儲かる仕組みになっていることに対しても「おかしい」と感じるのが、有機の延長線上では当たり前かもしれません。
身体にパイプを刺し、延命処置をして平均寿命を延ばすことに果たして何の意味があるのか。
薬漬けでかえって病気を作り出している近代医療に疑問を持った大病院の院長が中国針との兼用で新たな医療の分野に挑戦し、村の中から医療を問いかけようとしています。
ちょうど有機の目指す考えとの接点が融合して、ついに我が村で開業することになったのです。
橋本知事は、もっと便利のよい、近くにとの考えもあったようですが、有機野菜を自らも作りながら、患者と共に医療を考えたい思いが四万十源流での開業になったと思っています。
先生の患者さんは、わざわざ僻地の大野見村までご苦労なことですが、僕達と草むしりをしながら、先生の医療が受けられるように取り組んでゆきたいと思います。
これで有機農業の仲間の京大出身のお医者さんが2名になりました。
単純に考えたら近代医療を否定しているようですが、決してそうではありません。
薬に頼る心を捨てて治療に取り組む必要を、巨大病院の院長室から感じての決断だと思います
これから病院の建設が始まりますが、有機農業が医療の世界とも結ばれていくことを思うと、建設の槌音は心地よい響きに感じます。
最初は機械にのって整地する作業から取り組んでゆくことになり、忙しくなりますが、やがて患者さんたちに喜ばれる仕事だと思うと「やるぞ」という気持ちになりました。
2002年6月12日(水) ホームページを通じての訪問者
東京農大の学生がHPで我が家を知り、訪ねてきました。「テーマ」は <有機農業の現地研究> のためで農友会農村調査部所属の学生ではないかと思います。継続しての研究に期待したいと思います。
農大では<中山間地域の現状と可能性>について、13年度岡山県富村の調査研究をされていますが、これからその論文を僕なりに分析して勉強していきたいと思っています。
2002年6月2日(日) 村を潰して合併に持ちこむ 構図の実態
すべての村に当てはめることは間違いでしょうが、ここにひどい≪村作り≫の一つの現実があります。ある貧しい山村で、温泉を開発し、ホテルを建てました。経営は都市のホテル経営者に委託しました。ホテル経営者は利益を優先し、村作りの延長線上で考える発想はありませんでした。
山肌にへばりつくような畑を耕し、神経痛を友として老後を送っている老人は、ホテルで出される国籍不明の食材によるフランス料理を小さなスコップのようなものを使って食べていました。外の軒先では、村人によって細々と農産物が売られていました。
何億もの起債を自分達の税金で支払い続け、村の農産物を利用しない料理を提供し、≪金儲けは都市のホテルに 起債は村に≫とゆう経営が続けられていました。
どこか間違っているんじゃないか? やっと気がついた村は、村で直接ホテルを経営し、村の産物を利用した食材で料理を提供するという本来の村作りの原点に沿った経営に戻そうとしました。
ところが、借金は村が払い、金儲けは企業に流れるうまみを知ったホテル受託企業は、経営から手を引こうとはしません。
もちろん契約に沿っての解約の話ですが、甘い汁の味を占めた企業は、次々に純朴な村人に牙をむいています。ついには、悲しいことに≪裁判≫に持ちこみました。裁判を長引かせば、それだけ経営が続けられるのです。村には、起債の償還と裁判の経費が、ホテル側にはその間の利益が入る仕組みになっています。
事業導入に関しては、国は厳しい査定をし、村の活性化事業として認定しました。しかし、実際の経営が、村潰しの事業になっていても、計画から逸脱した経営をしていても、国は【見て見ぬ】ふりをしています。
自分達、すなわち役人達は自分達が責任をかぶりたくないからです。国の会計検査は何をするところか、と疑いたくなります。国は村が行き詰まったら原因を究明するのではなく【合併しろ】と言います。これが過疎の村の町村合併の置かれている現実なのです。
合併した後にはこうした不良債権の山が残され、住民不在の行政は続けられてゆくことになろうとしています。
2002年5月30日(木) 正、反、合の論理
田植えのことを書いたら、本当に赤い腰巻き姿なのですかというメールをいただきました。昔の姿は赤い腰巻をしていました。真っ赤な腰巻ですから綺麗でしたよ。後ろから見れば、みんな乙女に見えましたね。ちなみにノーパンでした。戦後、モンペなる物が普及してから女性もパンツをはくようになりなりました。
友人が「正」に対して、「反」が出てきて、それらを統合する形で、「合」が形成され、それがまた正論になって、歴史は繰り返されるんだと教えてくれました。有機農業と近代農業もその関係にあるのかもしれないと考えたそうです。
正があって反があり、プラスがあってマイナスがありますよね。最近は正は反を否定し プラスはマイナスを否定して紛争が起きています。宗教が典型的ですよね。でも、これらは 遠くて最も近い関係にあることを知らなければ成りません。プラスはマイナスに引かれるから、エネルギーになるのです。お互いに求め合い引かれる関係にあるのですよね。互いに否定ではなく肯定する関係にあり、そこから合が生まれるはずです。
昔、関西大学の女の子が 男と女の違いについて学位論文をまとめていました。見てみると結論は簡単でした。要するに、へこんだところは出たところで補い合う相関関係により成立し、陰陽の社会的倫理により、成立する関係にあると結論付けていました。ちなみに彼女がどんな社会的経験から結論付けたのかについては、論文では立証していませんでした。
2002年5月27日(月) 梅雨に入る前の晴天が続いています。
こちらは、田植えの真っ最中です。昔は20人近くの苗乙女が真っ赤な腰巻を5月の風邪になびかせてにぎやかに田植えをする風景が見られたものですが、最近は機械の音だけしかしない殺風景な田園風景です。
昔はメールのような便利なものはなかったので、溝で足を洗う乙女は下で足を洗う若者に届くように松の葉を流しました。今宵「まつ」のメ−ルです。
今は乙女の姿は田園に見ることは出来ません。ましてや松の葉にメ−ルを託すような乙女はいません。
田植えする父親の横を、マイカーでスイスイと彼氏と何処かへ出かけていきます。その後ろ姿を追いながら、親は「農業も俺の代で終わりか」と考えながら手を振っています。
畔を見ると、田植え・稲刈りと重労働に耐えてきた「過去のしるし」として神経痛の恩給をもらっている愛妻が「ポカリ」を手にして昔を懐かしむように立っています。
有機農業とは、近代農業から昔の農村の姿に帰ることでもあり、近代農業で農作業から開放されていた女性を再び草むしりや虫取りといった農作業に駆り立てることになります。昔のような肉体労働を受け入れない近代農村女性がそのために逆に村を離れてゆくことになっては、何のための「有機農業か?」。難しい問題を投げかけられているように思えてなりません。
そんなことを考えながら生姜畑に出かけてみたら、やっと生姜の芽が出てきました。
これからは炎天下での草むしりが待っています。一度農作業を離れた女性は、生姜畑には帰ってきません。つまり雇う女性がいなくない慢性的労働力不足に困っているのが、有機農業の現実なのです。
2002年5月22日(水) 奥四万十自然村開設のお知らせ
四万十川の源流域に≪奥四万十自然村≫が開設されます。
清流のせせらぎを聞きながら、星を手づかみに出来そうな自然のなかに開設されることになりました。この村は ≪消費者と生産者の信頼関係の構築≫を目的として企画されました。
舞台は昨年JASの認定を受けた農園を中心に開設され、茶摘みや農作業を体験したり、ひと昔前の体験をしたりしながら生活の原点を体験していく予定になっています。
皆で小屋を造り、山野の贈り物の野草を食べ、昔ながらの山村の行事などを体験しながら、自然を教科書として型にはまった計画ではなく、参加村民みんなが先生という≪自然村≫を目指しています。
初代村長には、稲田幸子氏、助役には稲田広喜氏が内定しています。
「のんびり遊び心満載の取り組みにしたい。手間暇かける中から心のゆとりをつかんで欲しい」とは、村長の公約のことばです。
でも村民として参加して各種の行事に協力できる方々は限られてきます。そこで臨時村民として貴方の都合のよい時、都合のよい時間だけ参加できる方法も考えるべきで、その橋渡しは非公認用務員の僕の方でいたしますので 四万十川を旅される方は声をかけてくださいませ。
有機農業は農家だけで実現して行けるものではなく、農産物を食べて生きてゆくすべての生命体の一体感の上に築かれるべきと思います。
≪有機農産物を生産する農家や流通のためのものに終わっては単なる点の満足になってしまうと思うのです≫
皆さんの協力によって素敵な村に育てて欲しいと願っています。
2002年5月14日(火) アユ漁がまもなく
こちらは早くも梅雨の走りが訪れました。
生姜はまもなく芽を出してくるころです。次には草引きや中耕が待っていますので忙しくなります。せめて明るいニュースをと、期待しますが梅雨のようにジメジメした事件ばかりで寂しいかぎりですね。
くよくよしていても仕方ないので、アユでも釣り出かけてはいかがでしょうか。
アユ漁が解禁になります
アユ漁が、5月15日に解禁になります。四万十川でも上流での解禁です。
【友掛け】一般的には6月1日からです。3月から4月にかけて稚魚3〜4トンを四万十川上流に放流、順調に生育しています。 また、遡上アユも期待できそうです。
毎年 関東や四国は徳島からも訪れる常連の方たちもいます。水量があるので 友掛けには 比較的よさそうで期待されています。
窪川町では、松葉川発電所や東川角などで期待できそうです。大野見村付近では、栂の川大橋付近や奈路沈下橋付近がポイトになりそうです。
毎年場所とりに前夜から泊り込む県外の方たちもいます。アユ達には迷惑な話ですが 豊漁を期待しています |
2002年5月7日(火) 四万十は新緑が濃くなって
連休も終わりましたね。
都会の人には 連休かもしれませんが田舎はたいへんです。
脱都会の人達が、ど〜〜とおしよせますので休みどころの騒ぎではありません。
何をご馳走しようかとてんてこまいです。今は嵐の後の静けさです。
我が家の訪問者を案内して、四国山脈を越して松山まで出かけました。
絵の具をまいたような山々の新緑でした。田舎ぐらしの僕達が思わず「綺麗」と叫ぶほどですから想像してください。国道33号線が四国山脈をつらぬき、これでもかこれでもかときれいな緑の競演をしています。
車はすきすきで厭くまでも自然が主役です。
33号は松山〜から高知は佐川に出ますこの佐川から須崎に出ますと僕の住む四万十川源流はすぐです。といっても1時間ぐらいはかかりますかな?
有機農業はこんなところでするもの〜〜と思われるような農家が新緑の山々の中にへばりつくように点在しています。33号の山々の反対側には竜馬さんが脱藩した道もあり、歩くと躍動する生命を自然から語り掛けられるような気がしてきます。
今日は1枚の葉書を頂きました。それには次のように書かれていました。
「花冷えや アルプスの山 うかびくる」と書かれていました。
きっと、四国のやまの新緑のような方だろうと想像して楽しくなりました。
2002年4月20日(土) 無農薬栽培
おはようございます
やっと生姜の植付けが終わりました。
此れから夏の厳しい暑さと戦いながらの草引きが待っているかと思うとうんざりします。しかし、除草剤の危険を思えば草引きの苦労は問題ではありませんね。
よく、消費者の為に無農薬栽培していると言われる立派な方がいらっしゃいますが僕はそんな次元の高い考えではありません。自分の健康の為に農薬が怖いからです。その結果として消費者の方々にも喜んでいただければ百姓冥利に尽きるそれだけです。
今から10ウ〜〜年前頃は「お前が消毒しないので俺の田んぼにウンカが発生した」とか色色ありました。
しかし、今では消毒する農家が遠慮するようになりました。
これも時代の流れでしょうか。
気がついてみると「有機」農業が全国区で広まって、消費者は選択に困るようになってきました。それなりに喜ばしいことです。
でも「有機」と言う形だけにとらわれていると大切なものを見失ってゆくような気がします。
[poran」さんや[alphar」さんのように生産者を育て消費者と共に歩んできた運動が単なる有機の氾濫の中に埋没することの無いような取り組みが問われてきていると思いますね。
形式だけにとらわれていると大切なものがこぼれてゆく危険を感じます。
2002年4月13日(日) 僕のグラウンドは畑です
おはようございます。
こちらは、今、生姜の植付けの真っ最中で〜す。
植付けさえすれば、後は草引きが待っています。
阪神だって努力すれば勝てるんだから、生姜も努力すれば無農薬でもそれなりにはできるだろうと考えて今日も畑にでかけます。「僕のグランドは畑ですから」。
農業は秋が勝負です。春にいくら成績がよくても、後半つまり「秋」にだめならどうしようもありません。阪神さんも春の「嵐」で終わることのないように祈っています。(阪神、4月13日現在10勝1敗!)
2002年4月1日(月) 四万十は春の盛りです
生姜畑の整地をしなくてはなりませんが、雨が多くて思うようにはいきません。70アールの野菜畑は、今、花盛りとなりました。一面黄色いジュウタンを敷き詰めたようになっています。道行く人が車を止めて 「うわ〜〜〜すご〜〜い」と写真をとったりしています。
この畑にも生姜を植える予定ですが皆さんが立ち寄って、花を見学されますので、トラクターを入れることができません。このままでは花が終わるまで、待たねばなりません。
そうそう、ある公立病院院長をしていたお医者さんが四万十川源流が気に入り、とうとう我が村で開業することになりました。
昨日は僕のところに挨拶にこられ、構想を話されて帰りました。先生のところには高知市から中村までの患者さんがおいでますが、大野見は中間ですので「便利」がよい」と今から喜ばれています。
大野見においでる患者さんに何か喜んでいただけることはできないかと今から取り組んでいきたいと思います。生姜は漢方薬としての効果が期待されていますので、無農薬生姜のプレゼントなどが喜ばれるのではないかと思いをめぐらしています。
2002年3月24日(月)
消えゆくもの
桜が10日も早く咲いたかと思えば、大陸からの寒波の襲来で震えあがっています。
四万十の歴史が1つまた消えました。
四万十川には、昔は橋がなく、渡し船で両岸に渡っていました。
人ばかりではなく、秋には稲束や、農機具花嫁さんもこの渡し船が運んでいました。渡し所が、橋が架かる度に1つまた1つと風情は消えて行きました。時代の流れと言えばそれまでですが 寂しい限りです。
さようなら 勝間小学校
四万十川下流に、勝間小学校という120年の歴史をもつ学校がありましたが 3月24日長い歴史の幕を閉じました。
この学校の生徒は四万十川を渡し船で通っていました。
もう舟も船頭さんも、川から姿を消してしまったのです。
最後の清流四万十川も、こうして次々と 歴史が1つまた1つと消えて行くのです。やがて有名な沈下橋も消えて無くなるのでは?と心配しています。
歴史は流れ、時代は過去を振り向きもせず、どんどん進んで行こうとも勝間小学校の子供達から渡し船の思い出を消すことはできないでしょう。
時人を待たず、川は歴史を失いつつ、今日も流れ続けています。
2002年3月11日(月) 四万十川清流の森に植樹
四万十川流域8市町村160人が参加して清流の森に記念植樹を行いました。場所はカヌ〜などで、有名な西土佐村で行われました。ケヤキ500本、桜50本を植えました。
四万十川の中流域で、若者にも人気のある西土佐村での清流保全の植樹ですので、大切に育てたいものです。
キャンプに訪れた若者達にボランティアで下刈りなどをお願いして、皆の力でスバラシイ森に育てて欲しいと思います。
2002年3月7日(木) 町村合併 だれのためかな?
表記のテーマの答えがわからず、また北陸路を訪ねました。
雪に閉ざされた村村を訪ね、何か答えを見つけたかったからです。合併しても、山は山、過疎地は過疎地で現実は何も変わらないと思います。そこに住む人々が自らどう生き残るかの答えを求めなければ、合併は答えを出してくれないと思いました
過疎の村をつぶしてよいのか
今の過疎の村は、戦中戦後の日本の飢餓を救った村村です。しかし、半世紀を経過したら、今度はこの村村を消そうとしているのです。3200の町村を1000の行政区にするということは、村が日本から消えて無くなることです。日本の村社会の歴史が消えることになります。つまり輸入食品が安く、自給の必要がないだけの理由で村を潰し、合併を進め、都市的発想で国政を進めることを目指すのが今回の合併なのです。
白川村と合併について
世界遺産に指定されている白川村はどうなるのだろうか。白川村は合併しなくとも、村として生き残れるのだろうか。大きなテーマを抱えての北国の旅でしたが、複雑な気持ちを禁じ得ませんでした。
世界遺産に指定するだけでよいのだろうか。
そこに生活している村人が安心して暮らせる生活の保証をすることが最優先されるべきだと思いました。
合併しなくとも生きられることこそ、世界遺産ではないかと思いました。96%が山で、農耕地0.4%の白川村は単独では生き延びることが出来ず、合併せよというのでしょうか。
でも、私はあえて言いたい。「そんな厳しい環境が、今日の世界遺産を守ってきたことを忘れてはならないと」。
真っ白い雪がうらやましくなりました。岐阜県など北陸には町や市が似合わない。村で生き延びて欲しい。そんな「ほっとする」ような、村にしかない温かみを感じる何かがありました。合併で、この「心の無形文化財」が失われるのではないかと感じられ、寂しくなりました。
国は温泉、観光施設と地方に公共施設を造らせました。一方では、経済の活性化の手段とし、農地整理をして区画整理を進めて、自立農家の育成をうたい文句に日本中の農地をひっくり返して、ブルのさび落としをしてゼネコンを育ててきました。気がついてみると日本の農家は休んでくださいという減反政策が待っていました。
「農業では食えない」と出稼ぎに出れば、「人口の少ない村は合併せよ」と、目の前に 合併交付金のアメをちらつかせて395兆円の国債の付けを地方に押し付けようとしています。
一方的に合併を否定する気持ちもありませんが、どうも弱いものイジメの合併のような気がしてなりません。
本日は四万十川の中流域の大正町と十和村に出かけて、行政関係者と話し合って来ることにします。
答えが見つかるか、どうかの保証はありません。
2001年3月4日(月) アメゴと犬と
アメゴが解禁になりました
四万十川でもアメゴ漁が3月1日より解禁になりました。
四万十川上流には稚魚100キロを放流しています。大きさは期待できませんが、釣りの醍醐味は堪能できると思います。
大野見では島の川という四万十川の支流が穴場で20センチぐらいです
犬帰り
島の川を奥に進むと犬帰りという所があります。
アメゴの群れにびっくりして犬も引き返したと言う説と、犬も通れない絶壁が続いていたからともいわれています。
でも今は、ミニスカートの娘さんでも通れますし、川のアメゴに覗かれることもありません。
アメゴはそんなに沢山はいませんから〜。沢山いないから、釣りは面白いかもしれませんね。
2001年2月23日(水)
大きくなることの怖さ
雪印残念なやら情けないやら、間違いは許せないにしてもご破算に願いましてはとソロバン式の発想も間違っているような気もします。間違いを許せないなら僕など何回も死んでいなくてはなりません。地球だってのんびり回っているべきでは無いと思います。
間違いは反省すべきでどう明日につなげるかが評価の分かれ道ではないかと考えています。
農民が汗と涙で作った農協であり雪印なのですから、設立の原点に帰って反省し、農民による農民の為の雪印になって欲しい。それが日本の消費者のためにもなると思います。
町村合併と雪印問題
四万十川沿線でもこのところ合併問題が議論されています。結論から言えば合併するも正論、しないも正論だと思います。もっと分かり易く云えば出口なき暗黒のトンネルに進むことになり「合併するも地獄」「しなくても地獄」だと思います。
合併は国の財政破綻が原因です。子や孫達の分まで食べ尽くし借金まで子孫に残す親となりました。政府は合併すれば国庫補助事業における優遇措置をするとアメをぶら下げています。
しかし全国の自冶体がすべて合併したら優遇する財源は何処にも確保していません。偉い役人に聞いても財源の確保は約束できないといいます。
3,200の町村を1,000の規模にする事は村を消すことです。すべて町単位になることになります。国は「地方の個性ある活性化を推進するために合併を勧めると」閣議決定をしています。村を無くし町を最小単位にする事は村作りを無くすることであり、個性ある活性化の道を断ち切ることになると思います。
雪印は大きくなることに合理化の道をもとめて破綻しました行政も大きくなることが合理化には必ずしも結ばれません。
大野見村は1,700人で近くの須崎市は27,000人です。
財政規模が大きくなることが有利なら須崎市は大野見村より格段の健全財政で無ければならないことになります。しかし、合併資料として公表されている下記の資料を見てください。
| |
大野見村 |
須崎市 |
| 経常収支比率 |
80.3 |
91.1 |
| 公債負担比率 |
20.4 |
23.1 |
| 起債制限比率 |
8.7 |
12.5 |
| 積立金現在高比率 |
118.92 |
4.5 |
| 地方債現在高比率 |
198.93 |
61.1 |
小さな村より大きな市が格段に財政が悪化しています。小さな村が大きな市と合併することのメリットは何処にあると考えたらよいのでしょうか、教えて欲しいと思います。
なお、資料は県からの資料です。もし、数字に誤りがあればご指摘下さいませ。
巨大スーパーは経営が破綻しています。かたやコンビニは元気に頑張っています。小さな商店を踏み潰して開店した大型店が行き詰まり、小さなコンビニが繁盛しているのは個性があるからです。村作りも個性を大切にすべきです。
大きいが故に合理的とはいえないように思いますね。
2001年2月13日(水) 消費者からのメール
寒いですね。2月11日は土佐三大祭りの一つ、高知県仁淀村の秋葉神社の祭りがある日でした。全国ネットのテレビニュースでも紹介されたそうです。東京からお客さんが来たので、案内する予定でしたが、雪で行けませんでした。またのお楽しみです。
さて栃木県の方からお便りをいただきました。
栃木県の方からのメール
私の生姜を扱っている宅配の消費者向けカタログから、「西村善徳」の名前が消えてなくなり、心配していてくれたそうです。そのとき、私は有機の認証をまだ受けていなかったからです。
でも、うれしかったのは、その方が「有機農産物を扱っているところは 何処も認証、認証と浮き足だっている印象を受けるが、長年の信頼関係こそが生産者と消費者を結ぶ絆」とおっしゃってくださったことです。
認証は「消費者に信頼を売るための流通の側からみた差別化」であるけれど、認証を取らなくとも認証以上の取り組みをしている生産者もいるということを知っているという励ましのメールでした。その後、私の生姜も再びカタログに出るようになり、喜んでいただけました。消費者のみなさんが流通を動かし、私の生姜も有機の認証を得ることができました。
畑の向こう側で消費者のみなさんが応援してくださっていることをうれしく思います。
2001年2月4日(月) 春になりました
2月になって急に春になりました。
プロ野球も高知ではキャンプをはっていて、にぎやかになりました。
3日にはダイエーの寺原が球場から宿舎まで7キロをランニングしました。車が危ないと思いましたが、完走したようです。
星野の阪神も人気があり、竹を割ったような土佐人気質に星野さんはぴったりのようです。
野村さんが守ってきた最下位のキップは破らないように気を付けてほしいものです(これ、逆説です。マジにとらないで)。
中高生四万十川で体験学習
四万十川流域の大正町、十和村の中高生が水質調査や青海苔干しを体験しました。
名づけて「フォーエバー四万十ふるさと探険隊」。
沈下橋付近で水質調査をしたり、屋形船にのって、伝統漁法の投げ網なども体験しました。
しば漬け漁や青さのリの養殖も見学しました。しば漬け漁とは、木の枝などのシバ(柴)の下に入っている魚をとる原始的な漁法です。四万十高校の生徒も参加しました
この四万十高校では、只今全国区で生徒を募集しています。自然の中でのんびりと学びたい方がいましたら志願してください。
教室は四万十川、先生は魚や水生昆虫「自然学科」が待ってます。
2001年2月1日(金) 春はもうすぐ
春が近づいたことがわかるんでしょうかね。寒いのに小鳥の鳴き声が聞こえてきます。
田中のマキチャンが更迭されて、事態はどうなるのでしょう。
国会で女性議員が「私も親が死んだら泣きます」と、女は泣く武器をもっているといった首相発言に食って掛かっていましたが、次元の低いこと、うんざりしてテレビを切りました。
僕のような人間にも理解できる国会の論争を期待したいです。
2月に入りました。2月は逃げると言われます。オリンピックもあるし楽しみですね。
1月29日(火) このごろのニュースから思ったこと。
☆雪印食品が、豪州産牛肉を国産牛と偽ったのに続き、北海道産の牛肉に熊本産牛肉のラベルを貼って偽装出荷・・・。
雪印は生産者が中心になって作った法人だと思いますのに残念です。組織や社名を変えて生産者、消費者が中心になって経営再建したいものですね。信用は100年掛けて積み上げたものですが 失うのはほんの一瞬です。とにかく役員は総辞職して、騙された生産者と消費者が株主の中心になった再建策を練らなければ、失われた信用と会社再建は出来ないでしょう。国民が許しませんよ。
☆真紀子外相が涙を見せたことについて、「女は泣く武器を持っている」と小泉首相は言われませんが、これって女の人を馬鹿にしていると思いませんか? 女を泣かしたことのない僕は小泉さんの言葉が理解できません。
1月22日(火) 春はまだか
春が来たかと思えば、今朝は雪です。春と冬が共存している南国高知です。梅の花も咲いてよいものかどうか、迷っているようです。
そういえば、梅干も国産は苦戦していますね。この間NHKテレビで、梅干を産業として伸ばしてきた和歌山県の南部川村の人たちが、中国に視察に行ったところ、中国にはないはずの和歌山県産品種「南高梅」が栽培されていてショックを受けたということを放映していました。商社はなんでも日本から持ちこんだ品種で作らせますが、輸入しても日本で加工すれば国産になり、和歌山産になるんですからね。最近は加工した国ではなく、生産国を記入するように指導しているようですが、ザルになっています。
生姜も現地で塩漬けにして輸入して国内でガリ等にして流通しますので、国内産との区別はできません。国内産との価格の差を考えると、ボロイ利益の違いがあります。
生姜も国内では年々栽培面積が減少しています。でも、どんなに生産が減っても、品不足にはなりません。消費者が価格で判断する限り、国内生産者は「ヤ〜メタ」となります。かくして薬漬けが問題になっている輸入農産物が我が世の春を満喫することになります。
日本は、壮大な農薬の人体実験場となり、不況でも繁盛するのは病院ということになりました。医者を目指して教育ママは今朝も我が子を励まし、塾に通わすことになったのです。
これでは、ウメを食ってもウメ〜結果にはならないと思うこのごろです。
1月21日(月) 再び町村合併について
こちらはいっぺんに春になりました。気候の変化が極端ですね。2月頃、ドカ〜と雪の降ることもありますので、油断できません。
昨日は愛媛県新宮村に行ってきましたが、そこを流れる吉野川は、四万十川よりも美しい川だと思いました。
吉野川は、石も綺麗で、水も透き通っていて、まさに清流でした。しかし、山にへばりついて雲の上で生活している村人は、山肌に かすかに家が墨絵のように浮かんでいて、失礼ながらどんな産業が生活を支えているのか、と気になりました。
誰のための村づくりなの?
外材に負けて、山もダメ、茶も、畜産もダメ、これといった産業は何も育っていませんでした。
何とか人集めをして観光で村づくりをと考え、それなりの努力は重ねてきたと思います。
しかし、その結果は涙が出るほど悲しい結末に思えてなりませんでした。
88カ所めぐりにちなんで、信仰のシンボルを作れば人は集まるのではと考えるコンサルタントの吹く笛に躍らされた村人は、10数億円の施設を造り、中心には観音像をデンと建てました。
結果は、ゼネコンが儲かっただけで、村人には起債の償還金と年間の維持管理費が重くのしかかって、過疎が過疎を産んでゆく構図が出来上がっていました。
600万の銅像に2000万円を超す経費を使い、どこかおかしいと考える村人と村との間には隙間風が入りました。平和な村が、村づくりの名の元に二分された姿を象徴するように、寒風にさらされて建っていました。パラパラと訪れる人達に、何を訴えようとしているのでしょうか。
こんな村づくりは「間違っている」「どこかおかしい」と立ちあがった村人がいました。それは、「この村にはまだ明日へのエネルギーが蓄積されている」ことを証明して余りある、村を愛する素朴な叫びでした。
しかし、そんな村の若者の年齢は80〜85歳前後の人達でした。この昔の若者達の、村思いの心に触れて、「さて」と考え込んでしまいました。
合併以前の問題をどうする
何も、僕は新宮村を批判するつもりはありません。どこの村も町も箱物を作り、日本経済の活性化に協力してきました。
その結果が多額の起債を生み、維持・管理費が一般財源を圧迫しています。
その責任は誰にあるのか。
これからも住民は重い税負担で支え続けなければならないのか。
問題の本質から目をそらして、合併によりすべてが解決すると考えるなら、もっと険しい山が迫ってきているように思えてなりません。
1月17日(木) 姿を変えていた若狭沿線
今年は暖かいので、もう四万十は春です。
いつウグイスが鳴いてもおかしくないです。
先日訪ねた北陸も暖かかったです。雪のない北陸は絵になりませんね。
原発と地域振興の谷間
原発の取材に訪れてから、もうかれこれ15年程が経過していました。
変遷は当たり前かも知れませんが、それにしても僕が心配して指摘していたことが現実となっているように感じて寂しく思いました。
原発の誘致が地域開発とどう結んで発展しているのかに興味がありました。表面だけを見たに過ぎないので、正しい見方はしていないかもしれません。感想だと思って、読んでください。
進む二極化
一次産業は衰退していると感じました。また観光産業は資本の差が出てきていると思いました。個人のレストランや観光施設はクモが巣作りをしていました。一方、大手の観光産業と系列を何らかの形で結んでいる施設は活気がありました。特産品は国籍不明の産物が主流でした。地元の特産であるかのようで、実は商社しか儲からない観光産業でした。一次産業と結んでいる土地の観光施設は、かつてここに開店していたと感じさせる面影を残しているに過ぎませんでした。夏になれば別かも知れませんが。
原発誘致で儲かったのは誰や
かつて僕が訪れたときは原発を受け入れたら一次産業も栄え、観光産業も栄えて、地元は豊かになると聞かされました。しかし、今、僕の目に映ったのは衰退した一次産業であり、地元の観光産業でした。
一方、儲かったのは交付金で建設される公共施設に群がったゼネコンでした。そして住民には半永久的に維持費が重くのしかかっていました。
首長は「もっと原発の稼働率を上げて交付金をよこせ」と叫んでいるように思えました。敦賀湾一帯に打ち寄せられたゴミの山は取り除かれることもなく現実の住民の声を代弁しているように僕には思えました。
これはあくまでも僕の主観です。誤りはご指摘下さい。
「独断と偏見で許せない。もう生姜は買ってあげません」なんて言わないで下さいね。
国籍不明の生姜が特産品と言って観光客に売られるのはたえられませんから。
1月11日(金) 続四万十は寒いです
今朝も寒いです。冬はこうなくっちゃ〜 と言いながらもやはり寒いですね。
北海道の子供が我が家に来て高知は寒いと言います。そのはずですよね。暖房設備がないので、部屋は寒いと感じると思いますね
残留農薬について
新年早々、気合を入れられました
京都の方からメールを頂きました。「有機の認定を受けても多数の消費者は、安い、きれいで輸入農産物でも買っちゃいますよ。ぼやぼやしていたら自己満足に終わるのと違うか」といったなかなか手厳しいご忠告でした。
生姜の場合、ほとんどが輸入産物となりました。粉末や漬物は海外で現地加工して、日本で仕分け加工をして消費者には判別できにくくなっています
生産者に委託加工しなければ国内産の加工品はなかなか手に入りません。業者は中国等から輸入して内地産と両方を取り扱っていますが、主流は輸入物に成っています。でも厄介なことに、いま残留農薬が真剣な問題に成っています。
なんで今更と言われるかも知れませんが、牛の次は野菜や農産物が日本人の身体を蝕んでいるのです。
中国野菜の 検疫を強化
厚生労働省は残留農薬が懸念される中国野菜について、食品衛生法に違反する件数が年々増えていることに危機感を抱いています。
生姜の場合、すでに国内産よりも多く出回るようになりました。全ロット検査は生鮮野菜が中心で、加工品はモニタリング検査しか行われていません。
生姜の加工品などは、現地で塩漬けにして輸入されるので検査しにくいことが理由となっています。
中国野菜の食品衛生法違反件数は1999年は11件でしたが2000年には87件、2001年には90 件を超していると言われています。
使われている有機リン系農薬
中国政府の調査によると50%近くから 有機リン系農薬が安全基準を超えていることがわかったと発表されています。
さらに、中国内には多数の中毒患者が発生していることを認めています。
高知では指導員の県職員が農薬中毒で死亡してから、農薬問題は真剣に取り組まれています。
農民は農薬を不本意ながら使い大量生産をするか、有機栽培で細々と健康産業として 生産するか、2つの道の選択を迫られています。それは同時に、消費者にも投げかけられている選択だと僕は思います。
薬品として生姜を使われる方はご連絡下さい。つまらない文をここまで読んでいただいたお礼に有機生姜を贈らせていただきます。
1月10日(木) 四万十は寒いです
このところ冷凍庫の中みたいで震え上がっています。15日ごろには 金沢の兼六の雪を見に行く予定です。こちらは寒いけれど雪は降らないので 見にゆかねばなりません
腹の立つニュースがありました。どっかの国の税務官僚が、脱税の手引きをして自分も脱税し、それを知った政治下(家かな)が「人生は難しい」とコメントして何のこっちゃわかりません。
役人退職者に億単位の収入がなぜあるのか。脱税の手引き代を支払った企業の追跡はなぜしないのか。彼だけに責任をかぶせなければわが身の危ない役人が今夜も枕を高くして眠れないでいますよね、きっと。
桜の咲くころ四万十は暖かくなります。旅人はそれまでお待ちください。今は寒いです。2月いっぱいは寒いです。
1月1日(火)
謹賀新年
静かな新年を迎えました。今年の1年を暗示するかのように、どんよりとしています。
そういえば、都市で生きてゆく知恵は、田舎と結ばれることだといつかNHKで放送していたのを思い出しました。食が保証される道は、他にないというのが食料問題の結論でした。ホームページを通じてですが、都市と農村の交流ができますように。
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