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西村善徳からの手紙-2001年7月〜12月-

     

12月28日(金) 四万十川はすばらしいか?

 
橋本知事が理事長をしている四万十川財団では、このほどシマント流域の宿泊者にアンケートをし、その結果を発表しました。

 70%は「四万十川はすばらしい」

 しかし、水難事故にも見られるように水泳危険個所の表示に問題アリとの指摘もありました。また、地域、地域の見所などの情報不足に関する指摘もされました。旅行者は四国内が35%で最も多く、関西28%、関東24%となっています。再訪したリピーターの割合は55%で、何度でも訪れたくなるようです。

 理由は「自然がよい」からが理由のトップですが、一方では「予想に反して残念」が7%もいました。流域で困ったことは、訪れる場所の情報不足で水泳の危険個所を知らなかった人が38%もいました。水難事故と重ねて考えるとき、行政の責任は重いと感じられます。橋本知事も責任を感じて情報発信を徹底して欲しいと思います

 「公共交通機関が不便」

 交通機関が不便との指摘もありました。たしかに対向車と道の譲り合いをしてやっと通れる道もあります。僕は道は必要最小限にして自然を守っているから、川がきれいなんだと思います。都会の道と同じ発想で訪れることが間違いだと思うのです。
 地域の人達が不便と引き換えに自然を守ってきたから清流があることをかみしめて、狭い道を旅する楽しさを味わって欲しいと思います。 

 何処にでも車を止めて畑で働く農夫と話のできるのも、道が狭いからのんびり出来るのです。農薬を川に流さないために、無農薬で栽培している米や生姜の栽培者と道端で話をしながら、次を目指す旅こそロマンスカーブの多いシマントの旅のよさではないかと思います。
 

12月24日(月) 町村合併について

 
気候の変化の激しいことこの上も無し。今朝はポカポカ陽気です。冬なのか春なのか錯覚を起こしそうです。
 さて、こちらでも町村の合併が大詰めを迎えてきました。

町村合併について

 来年に持ち越される大きな宿題に町村合併があります。四万十川流域では、早くから上流域を中心とした合衆国を立ち上げ、活動してきました。
つまり合併の先取りをしてきました。でも、いざ合併となりますと、源流域と中流域とでは何がしかのきしみが生じてきています。総論賛成、各論反対が鮮明になってきました。
            
村が消える

 合衆国の村村は州として活動してきました。それぞれ各州の考えや村作りに取り組んできた過去に誇りを持っています。そうした各村の特色が失われることに対する不安がここに来て頭を持ち上げてきました。合併は村を無くすることになります。つまり全国から村が消えてゆくことになるのが、合併なのです。合併によって村が町になり栄えることに期待するのは間違いで、《住民が何を求め、自分達の集落をどうすべきか≫ 足元の課題はそこに住む自分達で答えを求めるべきで、その延長線上に合併も視野に入れてい考える姿勢が大切ではないかと考えられてきました。
          
なぜ 今合併か

 全国的にみれば、合併はあまり効果が期待できるほど進まないと思います。合併してもしなくとも日本の経済はパンクします。そのとき役人達は自分達の責任にしたくはありません。つまり日本経済の破綻は国民が合併による行革に協力しなかったためだとする必要があリます。
 政府は合併の如何を問わず経済危機が目前に来ていることに危機感を持っています。
合併すれば交付金がどうのと「飴と蜜」を見せていますが、全国で合併が進めばばらまく資金は底をついてしまいます。だから、国も県も合併は押し付けではなく、住民が決めるべきと、合併後の問題の責任を町村にゆだねようとしています。
         
未来の先取りの責任を 山村に押し付ける危険

 財政危機対策のために合併が進められている以上、合併町村だけを優遇することは一次的には可能でも持続性のあるものではありません。
 平成13年度公債残高は389兆円となります。1万円札を積み上げると富士山の1030倍、エベレスト山の440倍になります
 家庭にたとえると月収57万円のうち、36万円を借金の返済に当て、家計費に51万円必要で、30万円は借金でまかなっていることになります。その結果、ローン残高が4900万円になっています。だから親戚縁者が一つ屋根に住んで解決できる数字ではありません。
 ここに合併したら村が豊かになると考えることの問題が潜んでいます。

期待できます式説明の抜け道

 合併の説明には「あります」「期待できます」式のパンフレットしかありません。つまり、こんなことが約束できますとははっきり表現していません。逃げ道はかまえています。合併後10年間は国の財政支援措置がありますと説明されています。つまり、道や生活基盤の整備ができますと説明されています。しかし、これら社会資本の整備は合併と関係なく、国の責任で行うべき事業なのです。

合併したら財政は楽になるか

 各町村は国県の補助または起債で温泉や観光施設など同じような施設を持っています。これらはたいがい赤字で、毎年度一般会計から不足額を流用してつじつまを合わしたりしています。国も特殊公社の整理に取り組んでいます。合併すれば各町村のこれら公社の経営する赤字企業をどう整理するか、大きな問題になってきます。過疎対策としての取り組みは結果として効率の悪い施設を生み、財政上大きな負担となっています。合併すれば一番先にこれらの施設の整理をしなくてはなりません。そうなれば人口の多い地区の施設に集約されるようになります。
 そうしなければ合併の効果は発揮できないのです。合併によって整備された道は、過疎の集落から町に出て行く道になるかもしれません。便利になれば、渦疎集落の人達は町に簡単に出かけるようになり、生活必需品も町から買ってくるようになります。ますます過疎が進むことになるかもしれません。

 私も総論では合併は避けて通れない問題だと思います。したがって、反対の立場で書いたのではありません。
 綺麗な花にはバラがあり、美味い話には毒もあることを考慮して判断する必要があると考えている今日この頃です。
 合併は国民に投げかけられた、新年に持ち越す大きな宿題です。
 どうかよいお年をお迎え下さいませ。

 あなたのご家庭も4900万円の国債という借金を抱えて新年を迎えられることを、くれぐれもお忘れなく。
 


12月23日(日) 有機野菜を一度食べていただく機会を提供したい

 
年末最後の生姜の注文がありますので、朝から午後6時頃まで仕事です。パソコンは夜にと思いますが、一敗いや一杯のんですべてがパニックになって、明日にすれば〜と思ってしまう毎日です。明日は書くぞ〜
 


12月21日(金) 有機野菜を一度食べていただく機会を提供したい

 
こちらも寒くなりました。それでも昔より気温は3度ぐらい高くなりました。有機の野菜は見事に育ちました。認定を受けた有機の野菜は限定されていまして流通している野菜は少ないと思います。子供に安心出来る野菜を求めている方がいればお贈りします。

 ダンボールの箱に入れますと1ヵ月分ぐらいは「3人家族」入ると思います。
野菜は無料で送りますが、送料が受け取り人払いにすると送料が高い、と思います。

 僕は金より人との無限の交流を収穫にする農業が好きですから、変に遠慮するとこちらも変に気を使うことになりますので無料でいいんです。
送料は別ですけどね。これはしかたないですよね。
 


12月15日(土)小雪が舞っています

こちらは昨日から冷蔵庫よりも寒くなり、雪がちらついています。

これから生姜を洗って袋詰をします。 

生姜はガンの予防効果が抜群、と「タメシテがってん」でやっていましたよ。
たくさん食べられないのが残念ですが、おいしいと言っていただけるのを励みに、生姜詰めしています。どこかで私の名前が書いた生姜を見つけたらヨロシク


12月10日(月) 輸入農産物の行方
おはようございます。

 こちらも寒くはなりましたが、それでも平年よりず〜っと暖かいです。春先のような天気です。

 さて、私のメイン作物は生姜ですが、生姜は中国産などに主流の座を奪われてしまいました。
主食の米も外国産で、牛肉も外国産が幅を利かしています。国産牛を食べているですって〜。冗談じゃありませんよ。
「エサが輸入ですので、国産牛肉も大半は外国産になりますね」 見分けがつきませんので、結局は生産者から直接物流しないとだめみたいですね。物流業者は外国から輸入して利潤を上げることに血眼になって生き残りを賭けています。産地にいると、そのことが よくわかるんですよ。

 国産の生姜は産地では惨めなもので、流通業者は外国産の生姜に推されて国産生姜には見向きもしなくなりました。自由経済の法則からすればしかたないことかも知れませんが、確実に言えることは、安全な国産農産物は生産者の減少となって姿を消そうとしていることです。

≪有機生姜≫ の認定を手にしても問題は何も解決していない気がして「これでよいのか」と思います。一握りの農産物を売る目的だけの有機認定に終わるなら、問題の解決にはならないと思い、自己矛盾に苦しむ今日この頃です。いやになっちゃいます。


11月29日(木) 村おこしは人作りから
 
昨日、高知県工業技術センターに行って来ました。

 技官から「農村は、開発開発と、付加価値を叫んで取り組み、補助事業をするが、たいていはダメだ」と言われました。人を育てないで、物を育てようとしている村づくりは失敗している。馬路村は皆が真似て出来ることではない。馬路村は物より先に人を作っていた。だから成功しているのです」とのこと。
 反論の余地なし・・・です。

 何を作るかではなく、関心のある人材を試験場にまず送りこんで欲しい。「お互いに切磋琢磨しながら、勉強していく人作りから、物作り、村作りに取り組みましょう」と言われました。

 一村一品は、一村一人作りから始めるべきと、説教を受けました。自信をなくして帰りました。


11月28日(水) 四万十川の落ちアユ漁解禁!!
 待ちに待った落ちアユ漁が12月1日am6時30分より解禁になります。
解禁を2週間遅らせて、大きく育てていますので期待できそうです。
中村の四万十川橋「赤い橋」より2キロぐらい上流を狙ってみては?
型は20センチぐらいのようです。
豊漁が期待できますが腕にもよりますね。


11月24日(土) 過疎を恐れるな 
 おはようございます。
 昨日は愛媛県の小村に行ってきました。四国山脈の紅葉は終わりになっていました 落ち葉の絨毯の中を走りました。

 僕のお会いした方はまだ85歳ぐらいの青年でしたが、コタツを恋人にしていました。

 ビルマ、満州と、銃弾の中をくぐりぬけた戦士でした。「戦闘では勇気をもって前進する者には弾はそれるが、恐れをなして後からついてくる奴は皆死んだ」と言っていました。

 過疎を恐れていたら死ぬ。山がダメ、農業がダメといっていたら取り残されて行く。前に進むチャンスをそこから生み出すのじゃ〜。後ろを振り向く時間があれば前に進め。そうすりゃ、弾は頭の上をかすめて過密地帯に落ちる」と言われました。私はタジタジで帰ってきました。


11月22日(金) イチロー  MVPおめでとう!! 
 おはようございます
 「本日も晴天なり 我が家の存亡 この一日にあり 各位 奮闘努力せよ〜〜」と指令を出して、指揮官はパソコンでメールを出している次第。

 イチローやりましたね。打点が少ないとか、いろいろ言われますが、トップは打点が低いのが当たり前ですよね。3番4番の出番の演出者が1番の役目ですもの。強振せずに確実にミートすることに徹している彼には頭が下がります。

 我々はすぐに小を大と比較して劣等感を持ちたがりますが、彼は大に無い良さを引き出して、小が大に勝る長所に結び付けようとしているようです。日本人はそれぞれが持つ役目をわきまえないでケチをつけたがる島国根性がありますね。そこに行くと、アメリカは文化が違うと思いました。


 
11月19日(金) 三重県海山町、原発誘致「ノー」
 
 こちらは快晴です。昨夜の流星群は、とても浪漫がありました。星にもオチコボレがあるようでして、今夜も見られるかもしれませんね。
 
 三重の海山町は原発誘致「ノー」の答えを出しました。うれしくてウキウキしてきました。大野見村に最も近いのは窪川駅ですが、この窪川も原発反対闘争に揺れた町です。
 町を二分した闘争は、今も基本的な町作り構想のたびに深い影を投げかけています。
 「自らの汗を流す町作りか」「企業の力に頼る町作りか」等々。基本的姿勢の相違は、その後の町作りに対する微妙な違いとなって現れているように思われます。

 その後、原発反対闘争の戦士達は有機農業に取り組むようになりました。かたや、原発賛成派は慣行の農業を続けています。経済的にはどちらとも言えませんが、反対派の有機農業には消費者との交流を通じて得た無形の豊かさがあるように思われます。

 この豊かさは原発で万金積んでも得られない豊かさだと思います。物も大切ですが、物は幸福を得る手段の一つにしか過ぎないと思います。
 人間は終局においては、心の豊かさを求める旅人だと思うからです。

 原発に頼らない町作りを皆んなが支えていく運動こそ、これからの私達の課題だと思います。

 窪川町では、有機の認定を受けて生姜の 生産や米作りが盛んになってきました。金よりも、消費者の笑顔を最高の所得と考える農業が原発反対に揺れた四万十川の上流の町には育ってきています。
 三重県海山町にも新しい町作りの灯がともることを願っています。

11月16日(水) 四万十高校の「自然環境コース」

 
おはようございます
 シマント源流域は本格的な冬の訪れを告げるかのように霜が降り始めました。
今はショウガの収穫も終え、秋の自然の恵み、ユズを取っています。

 四万十川の中流域に四万十高校があります。この学校には《自然環境コ−ス》があり、全国から生徒を募集しています。ところが、寄宿舎がありませんでした。普通は予算を組んで近代建築となりますが、この学校は違います。教職員や父兄が学校林から木を切りだし、生徒が皮をはいで、みんながボランティアで建設することになっています    
 
 現代の世相で忘れられた教育の原点があるような気がしています。この寄宿舎で食べる生徒たちの食材は、地元の農家が生産した有機栽培の食材が使われることになると思います。
 
 まさに《自然環境コ−ス》にふさわしい取り組みだと思います。来春には生徒たちが利用できることでしょう。

 全国の中学生の中に四万十の自然の中で 学んでみたい方がいらっしゃることを望んでいます。
 所在地は、高知県幡多郡大正町田野の四万十高校(朝倉忠和校長)です。


11月14日(水) 柚子の利用法
 
ようやく高知も冬らしくなりました。でも霜は少なく、もみじはサッパリ綺麗になりません。

 柿は焼酎で渋抜きをしています。渋を抜いておかないと食べれませんからね。これから、柚子をとって、とやらねばならないことが沢山あります。

 柚子は1個ずつ冷凍してもよいし、輪切りにして熱湯茶に入れて飲むと風邪に効果があります。
皮を煮て保存して風邪などの時に食べるのもよいでしょう。酢につけても保存できます。酢が柚子の匂いになります。

 生姜も入れると風邪に効果があります。


11月8日(木) 有機認定!?
 急に寒くなり霜が降りました。
 生姜掘りも急ピッチで進めています
 今朝はうれしいニュースが入りました。まだ確定はしていませんが、有機の認定が 内定したようです。
 これから生姜掘りに出かけます。本日の報告 終わり


10月22日(月) 過疎貴族
  秋の冷たい雨となりました。雨の中21日には「四万十川ウルトラマラソン」が行われました。1489人の鉄人達がシマントを走り抜けました

 女子100キロの部では、大阪市の関谷彰子さんが8時間17分9秒の大会新記録で優勝しました。
 男子60キロの部では、大阪市の今長浩一さんが7連勝の記録を作りました。
冷たい雨の中でしたので、リタイヤする選手が続出しましたのに、優勝した方たちは[雨は涼しくてバテませんでした」と余裕たっぷりに話されていました。  
 雨は水冷エンジンのような役目を果たしたのです。雨を敵にした人はリタイヤして、雨を味方にした人は 優勝しました。

 話は変わりますが、今、日本ではどんどん過疎化が進んでいます。ここ大野見村でも例外ではありません。しかし、過疎を敵にするのではなく、過疎を味方にする発想が大切です。
 「過疎貴族」 の生活を満喫している喜びを忘れない生きかたが大切と思いますね。


10月15日(月)
 
長野から帰ってきました。それにしても リンゴは沢山 なるんですね。
 木が倒れそうでした。川の綺麗なことは、四万十川以上だと思いますね
 ただ水温が低いので、アユなどが上流まで生息することはむりでしょうね。上流までアユが沢山いて昔は手でつかみ取りのできた四万十川とは比較できませんが?

 四万十川ではアユを手でつかんでいました。浅瀬の石をそっと手でつかみ、隠れているアユをつかむ 漁法で女性が上手でしたね。
  つかんだら離さない女性の心理を利用した漁法です。
  川を渡っている女性が溺れていました。助け上げると、下着のなかにアユやウナギがたくさんもぐりこんで重さにたえかね溺れたとのことです。
  ほんの一昔前の懐かしい思い出です。 
  今はゴミの重さで溺れるかも知れません。
 ロマンが無くなり、風情のない四万十川になりました。


10月9日(火) 町村合併とは
 
東京への一極集中が進んでいるのではないかと友人からメールをもらいました。今度の町村合併も同じ事です。何だかんだと言っても中心が栄えていきます。過疎の村を見捨てる政策、それが合併だと思います。

 過疎の村はいま知的過疎が深く浸透しているように思えます。優秀な人材は都会に出て行き、40%の高齢者率となり、斬新な発想のできる社会環境が失われ、町村合併は、過疎が過疎を生むことになりそうです。

 交付金がどうのこうのと言いますが、赤字の公営事業につぎ込む赤字を減らせ、交付金が減っても、住民の生活には関係無いことです。今までは交付金をアテにして行政が進められました。これからは国のメニューにしたがって取り組む村つくりではなく、そこに住む一人一人が英知を結集して取り組む村づくりでなくては生き残れないと思います。

 交付金は社会資本の充実という名のもとにゼネコンに流れて行きました。交付金が減額されて困るのは、役場職員とゼネコンです。住民は交付金に頼らない生き方の出来る知恵を持っていると思います。過疎の村に住むということは、それだけすばらしい自然を一人占めに出来ることであり、過疎貴族を満喫できることなのです。過疎万歳です。


10月1日(月) ツルベって?
 
大麦は11月には有機の認定がもらえます。別に有機で売るつもりもありませんが、自家用として麦茶などに利用したい方はメールください。自分で加工して自家用は充分だと思いますね。
 
 この間「秋の日はツルベ落とし」と言いましたら、若い人は知りませんでした。よく考えて見ましたら、ツルベを知らないのでした。


9月27日(木) 近鉄、優勝おめでとう
 
近鉄、優勝おめでとう。北川選手の満塁逆転ホームラン、感激しました。近鉄のように9回裏 に花を咲かして人生に優勝したいものですね。もしかしたら、阪神だって可能性が出てきましたね(?) 


9月26日(水) なぜ鉄砲水が集落をのみこんだか

 「高知西南豪雨」は四万十川下流の西土佐村や足摺の近くの土佐清水などに多くの被害をもたらしました。山の沢から流れ出た鉄砲水が集落をのみこんだのです。

 まず山の人工林が谷に重なって人工の堰をつくり、これが一斉に崩れて里山を襲い、校庭が土石に埋り、体育館が流れました。人家は推して知るべしです。

 単一樹種による人工林の怖さと人災の部分は否定できないと思います。
 よく山が荒れるから植林をするべきと言いますが、僕の考えは逆です。
 自然は自然に任すべきと思います。自然はそれぞれの地形に合った樹種を繁殖させます。それぞれの樹種は長短をうまく連携して水の調整役を果たしますし、地中深く根を 張り巡らし、表土を守ります。
 かたや人工林の中に入りますと、晴天の日でも暗く表土は流れています。根はセンベイのように表面を張り巡らしているにすぎません。だから、災害には抵抗出来ないのです。
 
 でも人工林になったのには訳があります。昔は天燃林を切り、炭を焼いて里山では生活してきました。ところがプロパンが発達して炭焼きまでがプロパンを使うようになりました。

 このころから杉、檜などの植林に補助金が出るようになりました。炭焼きの人達は植林によって生計を立てるようになりました。植林をすれば、下草刈り、枝打ち、間伐と、山林労働者の仕事がありました。
 それから数十年、やっと収入になるころ、国内産木材は大暴落となりました。

 一方、人工で育てた山は人の手を最後まで必要としていましたが、生活の糧にならない山には誰も入らなくなりました。山で生活できないのは何も人だけではありません。人工林は栗や椎の木を切りました。人工林は山イモなどイノシシのえさまで奪いました。食えなくなったイノシシは、 生活圏を侵されたため、やむなく里山に下りて農作物を食べるようになりました。  

 人間は自分達に罪のあることを忘れて、イノシシを捕まえ、火あぶりの刑にして食べるようになりました。山に入らない人間への山の復讐が始まったのです。それが高知西南集中豪雨という訳です。僕の独断と偏見の論理かも知れませんが。


9月22日(土)
 
秋は急速に深まりゆく四万十です。しかし栗が笑っていても笑いもせず子供達は通り過ぎて過ぎて行きます。柿が熟していてもカラス天下です。子供達は食べようともしません。
 飽食の時代はついに自然が季節の贈り物としてプレゼントしてくれる秋の味覚までも 子供達から奪ってしまいました。
 もう短歌はつくれなくなりそうですね。

「栗の木も リスが天下の 過疎のむら」
というところです。


9月21日(金)
 
このごろだいぶメールがくるようになりました。先日も高知の大地というこだわりの自然食品店――と言っても、主婦の方たちがパンを焼いたり、クッキーを焼いたり、農産物は完全無農薬に限定したり、商売そっちのけで頑張っているグループです。なんでもアトピーの子供を持つお母さん達が支え合っている店です。

 それから集中豪雨の災害にあった足摺の隣の土佐清水市の写真を掲載しました。全国から集まったボランティアの方々の懸命な協力に感謝したいと思います。特に街角では頼りないように見える若者が中心で頑張ってくれました。

 もう限界と言いながら最後まで頑張った女子大生のボランティアの方たちには頭が下がりました。本当にありがとう。

 それから有機の認定の審査がありました。大麦と生姜の認定がパスしそうです。こんなにすばらしい自然環境でパスできなければ 日本中でパスできるところはないと審査員の方が言っていました。
 
 では、これから秋野菜の種まきに出かけます。


9月13日(月)
 
おはようございます。
 今日は晴天なりですが、実は「有機」の認定の審査を受ける日です。
 東大の入試を受けるような気持ちですね。愛媛有機から審査におい出てくれることになっています。
 生姜だけです。麦とニラを予定していましたが、書類がややこしいのでダウンしました。情けないことです。しかし勉強しましたので、次は挑戦します。


9月10日(月)西部集中豪雨

 
高知県西部集中豪雨の被害も後片付けの段階に入りました。被害といっても、高知県のごくごく一部です。馬の背を分けるように隣りの足摺は被害が無いのです。

 サンデーには1800人のボランティアの方々が参加下さいましたが、平日とのバランスが問題で、均衡を取るのが難しいですね。それと被災者自身で取り組むべき分野にボランティアが足を踏み入れないことです。
 まず痒いところは自分で掻き、手の届かないところを掻いて上げるのがボランティアでなくては……。親切の押し売りは相方の身の為にならないと思います。

 でも、人災の分野に反省の無い援助は後年度に問題を残します。自然の分野を人間が侵食して家を建て、ゴルフ場をつくることと災害との関連に目を向けなければ、災害は起こるべくして起こるのです。

 四万十川には橋本知事の音頭で「自然工法」なる工法が取り入れられています。要するに、長い歴史を築いて来た竹やぶを崩して石による人工の岸に変えることが橋本式四万十自然工法です。
 つまり水の流れは速くなり、下流に次の災害を生みます。そうして上流から下流まで両岸が石積みとなって行きます。石の水路になってゆく清流四万十川の運命になっています。

 
一方、昨年谷川が集中豪雨による土石で埋り谷の役目が出来なくなっている所がありますが、本流のように注目されないところですから(?)、そのままに放置しています。大雨のとき谷川の水は流れるところがありません。
 知事に「これがあなたの自然工法ですか」と見せたいですね。誰か知事に伝えてくれないかなア〜〜〜〜〜。現場を見たら、「こんな恥をインタ--ネットでさらすな」と怒るでしょうね。

 それから昨日青森県岩木町ふるさと大使の田尾純子さんより大雨のお見舞いをいただきました。ありがとうございました。お礼に代えて近況報告をさせていただきました。
 岩木町だけではなく四万十にも心配りをされている田尾大使に感謝します。


9月7日(金)
 
高知地方に大雨が降りました。雨は大変でして、「といっても足摺のほうです」。
 四万十川の下流の足摺清水地方です。自衛隊が出動していますし、道路も寸断されています。観光客の方にはお気の毒です。

ぼくたち上流地区は小ぬか雨が降っている程度です。おかげで生姜はどんどん大きくなっています。改めて高知は東西に長いと思いますね。気候も全然違うんですから〜〜。


9月4日(火) 町村合併論

 さてと町村合併論のことです。

 日本全国600兆円の国債のつけを過疎の村に押し付けようとしていますが、そんなことで解決することではないですよね。合併では解決できないことはわかっています。では次になにがあるか?
 答えは1つ。つまりテノミだと思いますね。

 戦後農地開放をして農村の仕組みを根本から改革しましたが、あれはマッカ−サーだから出来ました。今度は彼はいません。日本の責任で取り組まねばならないでしょう。

 農地開放といい、今度の合併といい、いざというときは常に農村に責任を押し付けてきました。

 しかしデノミは財界の責任で取り組まねば ならないでしょう。
山は上りつめたら下りますし、八号目辺り立ち止まって遅れて登る人を待ってあげるのが礼儀かも知れません。
財界は登るが過疎の村は立ち止まって待ってあげなさいというのが今回の合併かもしれませんね。

 またまた理屈を並べてごめんなさい。

 

8月24日(金) 四国を一つに

 
おはようございます。
 台風は雨を運んでくれて皆に感謝されていますね。
 
 さて、昨日は エラ〜イ役人?が我村に来て町村合併について話がありました。
なぜ合併が必要なのかについて説明がありましたが、さっぱり分かりませんでした。

 四国を一つにしたらどうかと言えば、将来のことで今は無理とのこと。
ならば高知を一つにして高知市に統一して 県庁を無くしたらと言えば、その計画は理論としては理解できるが、と歯切れは悪い説明。
 四国を一つにしたらと言えば、今は話を詰める段階に来ていないという。
要するに、県は汗をかかずに町村単位の合併ですまして自分達の腹は痛めたくたくないということでした。

 町村のために合併を勧めるのか、国の為かと聞いても、明快な答えは帰ってきませんでした。

 わたし達の子や孫の時代に大きな借金を残して、つかの間の豊かさを追求してきた付けを今度は責任を地方に押し付けようとしているにすぎないのでは?と聞いても答えは得られませんでした。

 外国からどんどん木材を輸入し、食料を輸入して一次産業に壊滅的打撃を与えて、千人や二千人の村を二、三合併してどんな効果が期待できるのかと聞いても答えは得られませんでした。

 生姜も外国産に押されて生産農家は減少の一方で、消費者は薬付けの生姜を国産より安い魅力に引き付けられて買い求めています。
(そうでない方もいらっしゃいますが)。国の産業構造を改革し、地方の一次産業に日の当たる政治に方向転換しないと合併だけでは何の効果も期待できないのでは?と聞いても明快な答えは得られませんでした。 えられ

 好むと好まざるとに関わらず、これから合併問題と取り組んで行かねばなりません。
いろいろな方のご意見を聞かせてほしいと思っています。そして、知恵を貸してください。知恵はいくら貸しても減らないそうですから。


8月21日(火)
 おはようございます。
 昨日台風は桂浜に立ち寄りましたが、竜馬さんが≪江戸は水がないけん。江戸に向かいや≫といって追い払いました。まもなくお江戸に着きますが、雨台風でたいしたことはありません?

 しかし人間とは不思議な動物ですね。それたために他の何処かがエライ目にあっているのに、台風がそれたら喜んでしまう。自己中心に考えるとどうしてもそうなるんでしょうか。

 高校野球でも点を入れたら飛びあがって喜んでいますが、相手は逆の立場ですよね。
 だから勝ち負けの試合はやらない高校があるんですよね。学校に迷惑をかけるといけないので、名前は書きませんが、その学校が一度僕のところへ、いや大野見村へ、修学旅行に来たことがあります。この高校は勝負で判定するスポーツはやらないとか。ほんまに変わった学校で、生徒は牛ではあるまいに、耳や鼻にリングを入れたり、目が見えるのに元気な男の子に手をとってもらって歩いている女生徒がいて、自由な雰囲気でした。その学校では校旗もありません。国旗が国境を作ることになり、その延長線上で考えると校旗があるのは間違いということになります。ここの生徒なら台風がきたら、他所ではなくここにきてよかったと考えるかも知れません。

 台風が来る地域の皆様、くれぐれもお気を付けてくださいませ。


8月19日(日)
 超大型台風が近づいています。雨はほしいし、風はいや、得手勝手なことばかりはうまくいかないもの。生姜は雨はほしいが、風はだめ、茎が折れるとだめになります。
そこでネットなるものを張って倒れないようにします。本日もぎりぎりのタイムで何とか張りました。


8月17日(金) 農業はどのように取り組んでいるかが大事

 おはようございます。
 御盆いかがお過ごしでしたか。都会の人は大変ですね。混雑の中大移動ですから。
 コチラはのんびり待っていれば集まるんですから、楽なものです。

 戦場からの一時休暇でかえる兵士は最近疲れていますね。それにこれから不良債権の整理や、聖域なき行革とやらが進めば不景気になるでしょうね。
 やらねばならないことですが、痛みは拒否する国民感情は最初はヤレヤレですが、何時の間にか批判集団に 変身するんですから、小泉さんも長期政権は難しいことになりそうですね。
 結局は中途半端に終わることになり、またその責任を国に押し付ける。
 要するに、皆んなエゴイスト集団なんですよね。私も含めて……。

 ところで、私は有機栽培に取り組んでいますが、実際のところ、有機農産物は外国の方がはるかに大量に出来ると思いますし、これから増えてくると思います。外国産の有機農産物を扱う人たちは、有機農産物が日本で必要なだけ確保が出来ないから輸入するという論理が定着することを狙っているのでしょう。

 フランスの田舎に視察に行ったとき、「日本人がむらにくることはめったに無いこと」と、村長や農協の方が夜訪問下さり、急遽夕食会を開いたことがありました。その時、日本ではどれだけの規模で経営しているのかと質問を受けました。
 僕達は胸を張って「70アール」と答えました。彼らは「花壇」の面積だと思って信用してくれませんでした。彼らのところも田舎でしたが、それでも彼らは200ヘクタール耕作していると言っていました。100アールが1ヘクタールですからどうなりますかね。うちの村の全農地を一人で工作していることになるのです

 有機農産物はビジネスで捉えようとしていますが、流通業者は「品は有機で値段は高くなく」と考えています。だからあまり有機の認定は進まないかもしれません。

 住宅と農地がごちゃごちゃしている日本では有機の認定を受けたくとも条件が揃わないのです。

 有機の認定を受けているかどうかではなく、どんな取り組みをしているかが問われなければ、形だけにとらわれたらビジネスの思うツボにはまると思います。
 消費者は部屋を冷暖房していながら、暖房した野菜は有機に入らないとか、自然食品でないとか、平気で論じるんですから、百姓はバカにならなければ続けられない仕事ですよね。

 畑にディーゼル車で乗り付けて、農地が一般道路からどれくらい離れているか測って「有機といえるかしら」とと判断するんですから、百姓はイワンにならなければ出来ませんね。


8月12日(日) 
 おはようございます。と言っても日曜の朝7時、まだ夢の中でしょう。田舎の人は朝早く、都会の人は夜行性で朝はダメみたい。ま、そんなことはどうでも好いけど肝心なことが あったっけ?

 「森に訊け」(橋元克彦著、講談社発行)という本の77ページに出てくる不入山(いらず山)は、四万十源流の山で、水を汚してはいけないという気持ちから人間が入ることは許されませんでした。それで、この名前がついたのだと思います。

 しかし、最近は皆んな入っているみたい。山師でさえ入らなかった山も、今は男女の判別もできない人達が女人禁制なんのその。不入山の神々もあきれてバチを与えることも忘れています。

 この入らず山には源流の碑が立っています。みんな記念写真を撮りに訪れているみたいです。74ページの写真の上の左が入らずの源流で、右の源流の写真は別の水流の地点です。橋本氏が興味を示して入れたようです。

 では、これにて失礼します。今、高知はヨサコイの真っ最中ですが、これから混雑する高知市に出かけてきます。


8月11日(土) 山に木を植えるということ

 
山に木を植えたために、四万十川のアユが死んだのかもしれないという8日の手紙に対して、どうして?と問い合わせを受けました。

 山に木を植えることは大切なことですが、樹種を誤ると大変なことになるということです。
 水を守るために木を植えたのではなく、苗木屋さんや山林労務者や山主の都合のよいように、山を利用したのです。その結果が杉やヒノキの植林になったのです。

 皮肉にも外材の輸入のために国内産のヒノキや杉は暴落して誰も山に入らなくなりました。山は荒れ、雨期には崩壊が始まり「待ってました」と砂防工事が 始められて堰堤というダムが造られ、このダムに土石がたまり、人工の滝となって下流がまた大きく崩壊していきます。単一樹種の植林は、たとえブナ等であったとしても間違いだと思います。森のことは森に聞くべきで、人間は自然のお手伝いをすることしか手を加えてはならないと思います。この点に付いては「森に訊け」(橋本勝彦/講談社文庫)という本に書かれています。ちょっぴり僕も登場しますが著者と四万十を歩いて森を先生にして書いたものです。

 「日本経済新聞」に「野菜が売れない」という記事が出て、「忙しいからといって、野菜を調理しない日本人はこの先どうなってしまうのか。それでも平均寿命は伸び続けているのだから、不思議な国です」といった趣旨のメールをもらいました。

 これについて考えるのは、まず幼児の死亡率が減ったことです。後進国は幼児の死亡率が高いので、平均寿命を引き下げていますが日本は逆です。
 今一つは、老人が無理に生かされている医療の現実があります。患者の死ぬ権利を病院のソロバンで生かされる医療で平均寿命が高くなっても、あまり後進国に気張れることではないように思いますが?
 
 さて、毒舌はこのへんまでとして、大麦を加工してみたいという福岡の業者の方からメールがありました。お役にたてれば、麦も喜ぶと思います。


8月8日(水) 大変です。四万十のアユが・・・

 おはようございます。電話は若い人には朝早くは失礼ですが、メールとやらは便利ですね。きんさん、ぎんさんに近づく僕は8時には通信しています。

 さて大変、四万十川のアユが大量に死に始めました。農薬ならアユだけが死ぬわけないじゃん。
 そこで考えられるのは連日の猛暑。何でも水温が32度以上になって、アユにしてみればお風呂に入っているようなものでしょう。

 今までは比較的水量の多かった下流の西土佐村での現象ですから驚きです。
 アユは31度で3日間しか生きられないようです。
 なんでこうなるの?
 なんでこうなったの?
 答えは単純では無いかもしれません。しかし考えられる理由の1つに、水力ダムと人工林による緑のダムがあると思います。

 家路川ダムというダムが中流にあります。このダムで発電した水は、太平洋側の佐賀町に流しています。つまり発電に使った水は二度と四万十川には帰らないのです。だから水量が減って水温が上がったことが考えられます。

 昨年はダム撤去を叫んで関連町村が立ちあがりましたが、下流の中村市が高見の見物で電力の味方をしました。上流があってこそ下流があるのだということを忘れて「水は天下の回りもの」という考えでは清流は守れないと思います。

 いま一つは緑のダムです。これは僕達にも責任があります。二宮金次郎に習って「山は高きをもって大とせず、木あるをもって大とす」の教えにしたがって植林を進めたのです。

 死んで白い腹を見せるアユになんと言って御詫びすればよいのでしょうか。
 今のアユはよぼよぼでいつ腹を白くするか、時間の問題です。雨を待つのみです。


8月7日(火) 四万十ウナギ!?

 大阪で、それも知る人ぞ知る黒門市場で、四万十ウナギが安く売られていたそうです。
 なんのことは無い。中国のウナギを大阪で加工して商品の名前を「四万十ウナギ」と付けたのです。
 お米にもありそうですね、有名な産地の名前のお米はいくらでも全国で売られていますものね。
 お米は今年は今のところ大豊作になりそうです。 米も第二のウナギにならないためには、産地から直接買われるのがよいと思います。何でも産地から、それも生産者から直接取り寄せなくてはだめみたいな気がします。
  
 今年は玄米30kg1万2000円くらいで考えています。お米は作りたくは無いけど、米作を農家が放棄したらいずれは飢餓日本になるような気がしてなりません。
 
 今から50年ほど前は日本もヤンキーにハングリーを叫んで子供たちは群がり、女は身体とパンを引き換えにパンパンと呼ばれてヤンキーに群がっていたことを忘れて、ひたすら飽食に甘んじているのです。

 すぐ隣の多くの国では、今日も飢餓で子供達が死に、一方子供達が日本の観光客を狙って売春に利用されている現実。かれらが食べる食料を工業製品の見返りに買い集めて残飯の山を作り、つかの間の豊かさを満喫する。わたしたち日本人どこかが間違っているような気がします。
 
 せめてお米だけでも四万十のお米を食べてほしいと思います。輸入米を食べることは、飢えに苦しむアジアの子供達の食べ物を奪うことになっている現実に目を向けてほしいと思います。これは、米を売りたい農民のエゴな論理でしょうか。


8月5日(日)
 
四万十のアユを釣って知人に送ったところ、大層喜ばれました。
 最近は本物より養殖物が多いので、天然物は藻の匂いがすると嫌う人もいます。でも、藻の独特の香りこそがアユですよね。こちらではアユという人よりアイという人が多いです。
アユではなくアイとゆうのはそれだけ多くの人に愛された結果貰った呼び名だと思います。
北海道でサケが皆に愛されるように、アユは内地のサケなのでしょう。
アユを贈るということは、アイ=愛を贈ることなのです。

 本日は、愛媛の新宮村という山奥の村にでかけます。さてどんな出会いが待っていますことやら。


8月2日(木)
 
大麦は、いろいろな方々のご縁により、山梨県のある製造メーカーで麦茶の試作を引き受けてくださることになりました。製品になるかどうかはわからないのですが、美味く加工できることを祈るのみです。

 それにしても暑い。毎日「暑い」を連発しています。では生姜畑の戦場に向かいます。


7月31日(火)
 早8月になります。暑さ寒さも彼岸までとか申しますが、暑さのなかにも秋はもうそこまで来ているのですね。高原の夜は涼しく、クーラーとも無縁です。日中は結構暑いですが、夜はグーンと涼しくなります。
 
 生姜の草引きに忙しいです。最近は雇用したくても人がいません。30%をこす高齢化の波は農村を内部から崩壊への侵食を繰り返しています。都市の若者がIターンして参加してくれればよいけれどよほど根性のある若者でなくては1割も定着しないですものね。真夏に僕と半日生姜の草引きをしたら皆んな逃げて帰りますよ。

 5年ほど前、大阪の脱サラの方が大野見に住みたい〜〜〜〜ということでお世話しましたが、この方は優秀な方でいまや我が村の貴重な戦力になっています。「四万十源流の村から」を読んで村に飛びこんでくださいました。
 時々我が家に来てくれますので飲みながら過疎貴族の生活を満喫しています。
 
 そうそう大事なことを忘れていました。大麦の件ですが、やっと検査も終わり、有機麦の認定の手続きにとりかかっています。乾燥も終わらなければ次に進めませんでしたが、やっと第2ラウンドに進めそうです。


7月27日(金) 生姜の敷き藁

 生姜の敷草とは???という問い合わせを受けました。これは暑さと乾燥を防ぐためです。植物も人間も同じなんです。帽子をかぶるようなものです。乾燥しますと、根は深く入ります。
 表面は乾燥していますので、地中深く根は水分を求めて伸びていくのです。適当に夕立があれば最高です。生姜は適当な水分が何よりのご馳走です。

 今日は大師麦の収穫をします。この麦はお大師様が広めた御利益のある麦です。四国遍路の方に捧げたら喜んでいただけると思い、栽培しています。願い事が叶うかもしれません。


7月26日(木) 四万十川 夏の行事

 こちらは大変な暑さになりました。生姜も暑いと思いますので敷き藁をしなくてはなりません。暑さとの闘いです。炎天下で頑張るスポーツ選手のことを思えばやらなくっちゃ。

 さて夏休みになりますといろいろな行事が四万十川の沿線でも繰り広げられます
 8月21日から25日には「四万十川ドラゴンラン」という企画があります。
 四万十川源流から河口までを徒歩、自転車、カヌーを使って全て人力のみで走破するという過酷なレースです。21日は我が村を通過しての源流まで10キロのハイキング、22〜23日は自転車で55キロと80キロを移動、24日はカヌーで25キロを河口まで下ります。途中地域住民との交流、河川保護や地域おこしに取り組む組織や人々とふれあいながらのレースとなります。

 単なる速さを競う目的ではなく、《未来の四万十川のあるべき姿》を考えながらのレースです。

参加費:9000円
定員:25人
資格:高校生であること
締切:8月6日、
申し込み:0880-54−1230 幡多郡西土佐村 《シマント楽舎》

 参加者が多い場合は 参加できませんので 早めの申し込みがよいと思います。


7月23日(月)
 こちらは梅雨が終わりました。毎年梅雨の終わる日が2〜3日しか違わないのは 不思議ですね。そこらの仕組みは僕にはわかりません。

 大麦は食糧庁が検査するそうです。有機の認定を受けるようにしていますが、無農薬の大麦はあまりないのではないかと思います。自家用に健康飲料として使用したい方がいれば無料で差し上げたいと思っています。アトピーの子供さんで「麦茶なら〜」という方などいらっしゃいましたら喜んで贈らせて頂きたいと思います。今のところ有料での販売は考えていません(送料だけ負担ください)。

 オールスターは投低打高なのか大味な感じがします。カブレラや中村は絵になりますね。バットを高く投げて打球の行方を見る中村はかっこ好いですね。しかし、彼もイチローや新庄の後を追うのかと思うと寂しくなります。


7月17日(火) 焼き畑農業こそ有機農業の原点

 
どうかしてますよね。西から梅雨はあがり、北上するのが常識でしたが、関東がお先に上がっちゃったんですよね。気候も固定観念では決め付けられない時代なんですよね。 
              
 人生は、一つの山を上ってもまた次の山が待っている。永遠に頂上を征服することのない登山者が人生なのかもしれないと感じています。
 そんなことを考えるのも農業でこのごろいろいろなことを考えさせられるからです。
  
 有機農業ってどんな農業ですか?
 私自身は有機の認定を目指して取り組んでいますが、「有機」とは何か。答えが見えなくなりました。
 人間は猟銃民族から耕種民族に進化してきたと思います。つまり農業の原点は焼き畑農業のはずであります。
   
 今でも九州の椎葉村では焼き畑農業が続けられています 。
 この焼畑農業は連作ができません。次々と新しい山に火をつけて輪作をしていくのです。焼いた後には灰が肥料として残り、焼き土は作物を健康に育てますので、消毒の必要もありません。化学肥料とも無縁な農業です。だから有機農業の原点だと考えていました。
 しかし、有機の認定には不合格となります。
 なぜなら過去2年間の生産記録がないからです。処女地がダメで、既成地にしか有機を認めないとはどうしたことでしょうか。
 
 僕は焼き畑農業にこそ有機農業の原点があると思いますのに〜。              *
 人間の歴史に忠実に生きてきた山村の農業を否定する有機の認定に頭を傾げました。
 何世代も焼畑農業を守ってきた歴史のともし火を有機の名のもとに消す資格が誰にあるというのでしょうか。
 素朴な椎葉村の焼き畑農業こそ有機の原点だと位置付けて皆で守っていくことが認定以前の問題として、とても大切なように思えてなりません。
 僕の考え方は誤りでしょうか。誰か教えて下さい。


7月10日(火)
 蒸し暑い天気が続いています

 さて10日午前10時山形の小国町の議会関係者の方々が来村され、12時に次の視察地四万十川源流に向かいました。全員元気に視察を続けていまして、その熱心さには感心しました。

 「四万十川より小国町の川が綺麗だ」と言っていました。「がっくり〜〜〜」
 四万十川は流れがゆったりしているので急流の山形の川からすれば清流ではないかもしれません。〜大河にしては四万十川は清流だ〜ということだと思います。(くやしいから)そんな弁解をしました。

 町の産物を積極的にインタ〜ネットに流してこれからから取り組んで行こうとする姿勢が感じ取られました。熱心な議員さん達ですので、これからの取り組みを期待したいと思いました。


7月6日(金) 
 今日は久しぶりの雨になりました。ホット一息ついているのは人間ばかりではありません。
 生姜にとっては砂漠で水を得たようなものです。水が生姜には最高の肥料です。
 ところが、水をいっぱい吸い込むことはよいですが、急に晴天になると今度は病気になります。
人間様もガブガブ水を飲むとマラソンにも勝てませんし、行軍の兵士は水を飲むと倒れ、ついていけなくなるそうですね。

 生姜も同じことがいえます。地球に生き続けてきた仲間なんですよね。

 さてここからが大変?7月10日山形県小国町から議員16名が我が村に視察においでるそうです。それだけならなんてことはありませんがインターネットを利用した農産物の流通に関する話が聞きたいとのこと。我が村はなぁ〜〜ンにもしていません。なのになぜ!?

 インターネットの広がりは、どんどん未知の世界へ発展していく夢があるような気がします。それは物の流通革命ではなく、大きく言えば、人類がかつて体験したことのない冒険でもあり、知的革命への出発なのかも知れません。
 人間は国境を勝手に作って地球を狭くしていますが、パソコンには国境はないのです。そこに魅力が潜んでいるかもしれません。
 だが一歩誤れば悪魔の贈り物になるかもしれません。科学戦争の発想から開発されたパソコンであり我々が手にした通信革命は次には宇宙を舞台にした限りなき戦いへの牙をといでいることになるかもしれませんね。
 
 


7月5日(木) 炎天下の草引き
 暑くなりましたね。
  僕は炎天下のもとで生姜の草引きをしています。30度以上の気温に地熱の反射が加わりますので、サウナで草引きをしているようなものです。
 
 何のバチだろうと思うときもありますが、除草剤を使わない代償は過酷な労働となって跳ね返ってきます。「暑い夏には汗を出すことが健康によいのだ」と言い聞かせながら自己暗示にかけて暑さをごまかしています。

 クーラーのもとで生姜を使って冷やしソーメンを食べている(?)消費者と比べるとなんと大きな格差でしょう。
 1時間でよいです。消費者にも炎天下での草引きを体験してほしいものですね。アッという間に2〜3kgやせること請け合いです。今日も暑さとの戦いのためにこれから出かけます。
 
 草引きの写真を撮ろうと思いましたが、炎天下の焼き付くような暑さを写すカメラがないのでやめました。


7月2日(月) 北海道でのすばらしい出会い 
 
おはようございます
 前回は暗い報告でしたので、今度は少し明るい報告をしましょうか。すばらしい出会いがありました。北海道の報告第二弾として、すばらしい出会いの報告をします。

 十勝から阿寒湖に向かう途中、釧路湿原に差しかかった時でした。
 ふと見るとガードレールの向こうに、簑のなかに人影らしき姿がちらりと見えました。
 覗きこむと手に袋をもった男女二人が何かを取っていました。 声を掛けると、上がって来てくれました。何でも、ワラビやウドを取っているとのこと。さっそく彼らは袋の中身を見せてくれました。「ウドもワラビも美味しいですよ」と山菜のすばらすさを説明してくれました 。
 民謡の心に触れました。

 それにしてもどこか親しみの持てる方でした。どこかで見かけたお顔のような気がしましたが、思い出せませんでした。思い出そうとしていましたら彼のほうから話しかけてくれました。
 「僕はキングレコード専属の川上こう吟です」と自己紹介して下さいました。  
 眼下に広がる釧路湿原をバックに民謡について話が弾み、すっかり山菜のことは忘れていました。
 ふと「この壮大な大自然をバックに民謡を聞くことができたらすばらしいだろう」と思いました。
その思いを伝えると、彼は早速民謡を歌ってくれるとのこと、大自然があれば三味線なんか必要ありませんでした。
 きれいな民謡の歌声は壮大な釧路原野に流れていきました。きれいなステージで聞く民謡にはない、心に染み込む何かを感じました。

 「コレが民謡なんだ」と思いました。生活の中から 自然ににじみ出た歌が民謡なんだと感じましたね。今度は「四万十川で歌ってください」とお願いすると共に、いつかお会いできることを祈りながら、川上さんに別れの挨拶をしました。

 人は行く先々で色んな出会いが待っているものですね。そして色んな別れが待っているものですね。別れは次に逢うための出発だと自分に言い聞かせながら、釧路原野を後にしました。
 人は意識すると否とに関わらず不思議な糸でどこかで結ばれているものですよね。


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