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西村善徳からの手紙-2001年1月〜6月-

     

 2001/6/29(金) 一枚の大学入学証書が意味するもの
 
北の国から帰ってきました。
 北海道は広いですね。苦しい開拓の歴史と現実を我々に訴えるかのように点々と廃屋の畜舎が点在していました。近代化した現在の酪農の姿と余りにも対照的でした。開拓時代は文字どおり血と涙の集積の日々の歴史を刻んできました。今は近代化と言う波にもまれながら過剰投資の前に苦しむ現実がありました。 

 補助で数千万の農具を買い、ローンも終わらないうちに今度は共同利用という名の補助金で億単位の大型機械に買い換えさせられ、また過重な負債が牛たちに課せられていました。農協の負債問題で合併が進まなかった別海町ではこの大型機械がうなりをあげて牧草の取り入れの真っ最中でした。「大型機械による共同作業で取り組むので、アッという間に片付きます」と言っていました。

 転々と見かける廃屋の牛舎との隔たり……。それは開拓の歴史の証と言えばそれまでですが、あまりにも皮肉に映りました。 
 今のこの道は第三国の人達を騙してたこ部屋に入れて働かせ、死んだら埋めて、その上に道を作っていったのです。逃げてきたたこを牛舎に隠していたら、「たこが逃げたが知らんか」と探しに来たそうです。何処にも逃げきれる道はないのにそっと隠した、と過去を語ってくれた老人には今回会うことはできませんでした。三世の時代に入り、歴史の証人は永遠に語ることは出来なくなっていました。

 鼻からホースを引いたカバンをもった知人がホテルに訪ねてきてくれました。「僕の家に来てくれ」とのこと。訪ねると一杯用意して歓迎してくれました。帰ろうとすると「待ってくれ。話を聞いてくれ。話したいことがある」とのこと。なんのことかと思う私に、彼は語り始めました。

 「俺は今度大学に入る。人生永遠に勉強だ」と語り始めました。
 生を保証されていない人とは思えない笑顔がありました。それは今までで一番美しい顔でした。
「北海道という荒野で今日の城を築けたのは、みんなのおかげです。
 今度は僕が皆にお返しをする番だ。やっとその時が来た」   
 うれしそうに一枚の大学入学証書なるものを手渡してくれました。
それにはこう書いていました。

平成13年6月21日 会員番号1052

 あなたは本会の趣旨に賛同し、医学の教育・研究のため
ご遺体を提供することを申し出られました。
 ここに本会の会員として登録します。

旭川医科大学 白菊会 

 来るべきときのためか、左上には親切にも「本証は目のつくところに 掲げておいてください」と書かれていました
 僕達が訪れるのに間に合ってよかった〜と無言の喜びを顔面いっぱいに表していました。その顔は今までに見た一番美しい顔でした。

 また一人、開拓の歴史を語る生き証人が消えようとしていました。
 北海道は好むと好まざるとにかかわらず、確実に新しい歴史を描こうとしているのです。
 先人達の苦しい開拓の歴史を過去のものとするために。
 「安心して大学に入学して下さい。後はバトンを預かりますので――」 
 そう思いながら流れ出る涙は止めることが出来ませんでした。人生とはかくも非情なドラマなのでしょうか。

 そうそう、北海道ではさくらんぼがきれいでした。でもまだ収穫は始まってなかったみたいでした。


 2001/6/25(月) 大麦を村づくりに
 
収穫した大麦を村づくりのためにも、なんとかしたいと思うようになりました。挑戦するテーマがあることは、イチロー精神と共通する生きかたをしているようで 楽しいですね。彼のように ヒットはなかなか打てませんが? 

 イチローではないですが、結果が全ての評価になる現実ですからね。何とかイチローほどのことはなくても、内野安打でいいから打ちたいですね。常に挑戦する気概が大切だと思います。

 25日からは北海道に出かけます。東の果てで、クナシリ、エトロフが見える別海町です。では、行ってきまーす。


 2001/6/21(木) 雨が怖い、でも期待
 
雨の少ない梅雨でしたが、ここに来てやっと雨になりました。降らなければ 雨を待ち焦がれ、降れば嫌われるのが雨ですよね。思えば、困る人と喜ぶ人が共存しているのが社会なんですよね

 ショウガは二つの立場を共有しています。湿度が必要ですが、適当の範囲を越すと病気の原因になります。雨の時はどんどん成長しますが、晴天になりますと 病気が顔を出してきます。

 
 人間も雨上がりに急に夏の太陽を浴びると堪えますが、ショウガも同じです。雨を期待しながら雨が怖いです。稲の方はこの点気楽なもので、水稲という名のごとく水をひたすら必要とします。
 だから梅雨の時期に雨が沢山降らなければ夏に水不足になるのです。稲ばかりではなく人間様も夏に水不足にならないためには梅雨期の雨は絶対必要です。
 両方よいことは少ないんですよね。   
《水を必要として成長し、水が病気の引き金となる》。ショウガとは難しい植物です。ではこれから雨の中、ショウガ畑に出かけます。

 《薬用としてこんな利用をしています》とか 《こんな料理につかってます》とかショウガに関して何でもメールください。 


 2001/6/16(土) 夜盗虫
 
おはようございます。こちらは雨が例年より少ないようです。しかし、後半にドカ〜ッと降ってつじつまを合わせますので、集中豪雨というのが怖いです。台風のとき、テレビで船戸で何ミリと発表するのは日本で有名な多雨地帯だからですが、この船戸が私の住んでいる所の上流で四万十の源流です。

 さて、ショウガの植え付けは4月上旬です。今の時期は中耕を行っていますが、これは耕すことにより、土の中に空気を入れ、土中の有用微生物の働きを活発しているのだと思います。

 夜盗虫とは通常はヨトウ虫と書きます。夜出てきて作物の茎をハサミで切ったようにチョキンと切ります。なぜ切るのかわかりません。

 ショウガは最初の茎を切られると収量が半減しますし、小さくなります。夜出てきてこっそり切りますので、夜盗虫というそうです。泥棒は夜盗人ということになりましょうか。

***

 それから今新潟県刈羽村はブルサーマル計画で揺れていますが、カンパの協力が来ましたので、お金の代わりに私の本(「四万十源流の村から)を贈りました。売上げをすべて寄付するのでご自由に活用して下さいというわけです。
   
 刈羽村も東京電力と関わりを持つ家が4軒に1軒では反対運動も大変だと思います。住民投票には勝ちましたが、戦いはこれから始まるのでしょう。ダムもそうですが、国は一度計画したらとことん進めてきます。特に新潟の場合は国の原子力政策の運命がかかっていますので、おいそれと引き下がる訳にはいかないのです。

 手にするパンよりもっと大切なものを失うことになると思います。今こそ 物質文明をひたすら追い求めてきた過去に反省をする時でしょう。子供達に パンを残すか、心の豊かさを大切にする社会を残すかの選択の時だと思うのです。

 いや〜、気がついたらすっかりばかばかしいことばかり申し上げまして。 おあとがよろしいようで。


 2001/6/15(金) 谷中生姜
 
雨期に入りましたが、蒸し暑いことこのうえもありません。
そこで晴れ間を見つけては生姜の中耕をしています。 
これからどんどん成長して行きます。

 しかし早くも夜盗虫が現れまして大切な茎をちょん切ります。かくなる上は見つけては死刑にすることとしました。農薬は使いませんので、見つけては1匹1匹手で取っています。毎朝の日課となりました。

 さて、葉の生えた谷中生姜はそのまま植えておけばショウガになるのかという問い合わせがありました。ショウガはそのまま土に返せば育つと思います。ベランダにでもおけば楽しいかもしれません。あまり水は大量には掛けないで、毎日朝か夕方少し与えてください。どんどん成長します。遊び心で楽しんではいかがでしょうか。
 
 ミヨウガとよく似ています。葉っぱだけを見れば生姜とミヨウガは見分けられないと思います。生姜は秋にたまに綺麗な花が咲くことがあります。年にもよりますし、毎年咲くわけではありません。今年の秋に花が咲いたら、お目にかけましょう。楽しみに待っていてください。


 2001/6/5(火) 梅雨入り
 
おはようございます。  
 雨になりました。いよいよ梅雨の季節に入ります。こちらは雨期はひどいもので除湿機を使うと一晩でイッパイになります。浴室にいるような毎日になります。
 
 実は麦はいま乾燥中です。なにが何やらわからずに麦に振り回されています。


 2001/6/4(月) 1トンの麦を収穫
 
おはようございます
 昨日とうとう麦を収穫しました。1トン余りだと思います。

 食糧が余って減反するのだから、収穫はしないと食糧事務所にだだをこねていましたが、とうとう収穫しました。

 ところが、いざ収穫するとなると落穂を拾っていました。自己矛盾もいいところです。せっかく収穫するのですから、そまつにすることは麦にすまない気持ちになり、ひとりでに落穂拾いになったのです。コレが農民魂というのでしょうか。そまつにすることは麦に申し訳ない気持ちになりました。

 この麦はぼくが育てたものではありません。麦が勝手に育ったのです。肥料も農薬も使わないので、ぼくは種をまいただけなのです。あとは自然のちからです。太陽と雨と大地の贈り物なのです。

 この贈り物をだれか求めてくれる消費者は何処かにいないかな? そんな夢を膨らまして楽しんでいます。


 2001/6/1(金) さぁ、麦でも刈るか
 梅雨らしくなって来ました。
 麦は収穫すべくコンバインを調整しています。どうするかはこれから考えるとして、ひとまず乾燥します。麦茶にしたり、ビールにしたり、加工はこれからですよね。自ビールをつくっている方がいればおもしろいと思いますね(大麦というのは、ビール麦のことだと思っていますが)。
 
 さぁ、麦でも刈るか〜〜〜〜現実は厳しいのだ。



 2001/5/27(日) 有機認証について
 昨日、愛媛県今治市まで有機の会に行ってきました。西条ではなく今治でした。往復400kmでした。今治は麦秋の真っ最中で、完全に黄金色になっていました。やはり完全に熟してから刈り取るべきですね。僕の麦は播種期が遅かったんでしょうか。まだ青いです
雨期に入りますので、収穫期は早くするべきで、そのためには早く播種すべきですね。

 一生勉強ですね。卒業なき人生大学1回生で第一巻の終わりに なりそうです。そんなこんなで麦を送ってくれという人はいますのに、まだ見本が送れません。どうなりますやら。
 
 有機認定の説明は難しいものではありませんでした。もう10年も前から僕達は取り組んでいて、記録も残していますので、取り組みはたやすいと思いました
 ただ有機流通が日本の農民のためでも消費者のためでもない世界で進められているような気がしてなりませんでした。

 「自動車の代わりに外国から農産物を輸入する」目玉にしようとしていると思えてなりません。消費者は有機という表示にとらわれていたら思うツボにはめられると思います。
 認定を受けた農民は日本のほんの一握りの農民にしか過ぎないのです。
 なぜなら日本の消費者に充分供給するだけの生産はできそうにないからです。《だったら輸入の有機に道を求めることにしよう》という自由経済の論理になると思います。そこらあたりを充分に理解をして取り組まなければ財界の思うツボにはめられていくと思います。
 
 有機栽培のできる環境の残っているのは過疎の村、言い換えればクリアできる条件は過疎の村にしか残っていないでしょう。でも 有機の認定農家は過疎の村には少ないのが実情だと思います 
 だから単に有機の表示にとらわれていたら、外国の有機農産物がいずれは主流になっていくと思います

《有機認定の生産物かどうか》よりも空気のきれいな水のきれいな環境で生産されているかどうか?が問われるべきと思います。
したがって、過疎のむらこそ有機の里になるべきです。しかし、悲しいことに心まで過疎になっていて、現実は逆に、有機農業は過疎の村とは無縁のような捉え方しかしていません 
 
 これから消費者も農民も考えるべきは「有機の表示」のみで判断するのではなく、自然環境や生産者の取り組む姿勢の評価で判断すべきだと思います
 単に有機の認証のみにとらわれるのではなく、もっと根の部分を見るべきと思いますが間違いでしょうか。

 単に自分が有機の認定を受けて、付加価値を評価されたら良いとは思いません。消費者のためにも、日本の農家のためにももっと大局的視野にたっての判断が、いま私達に求められているように思いました。


 2001/5/25(金)  実りへの努力
 パソコンとトラヴルを起こしてエラー続きで大変でした。

 麦は色づきはじめました。頭を垂れて雨が穂に流れこまないようにしています。植物にも生活の知恵はありますね。感心しています。こうして一生懸命実りへの努力をしている麦の姿を見ると刈り捨てるなんていうべきではないですよね。

  とはいえ、こちらは雨が多いので、収穫寸前にだめになるかもしれません。お天気が気になりますね。麦たちが元気に育ってくれますように。
   
  わずかなお金よりも人の役にたてばよいと思います。麦もその方を望んでいるでしょう。アトピーなどで麦茶を必要としている人達に送料だけ負担いただき、お役にたてないかな?とも考えます。

  明日は西条に有機栽培の認証のための会に出かけます。
  なんでも生産管理者講習会とかいうそうです。


 2001/5/20(日)  広い、広い麦畑なのに
 京都から長い付き合いのお米屋さんがわざわざ訪ねてきてくれました。
 昨日は四万十川を案内して中村まで下りました 新緑のトンネルと清流が歓迎してくれました。 
 麦畑を見て、その広さと、無農薬で見事に育っているのに驚いていました。ビールでもつくって四万十の河原で飲みたいものと話し合ったことでした。
 麦茶の原料にほしい方がいれば収穫する気にもなりますのにね。   
 子供さんのために自家用に加工したい方には喜んでいただけると思うのですが。最近は自家用にビ〜ルを作る方が増えてきていますが、誰かつくらないかな〜。結局はビ〜ルに落ち着いてしまいますね。
 
 これから高知市にでかけ、日曜市を見学し、午後は橋本知事とモロモロの問題について話し合うことになっています。


 2001/5/18(金) 米屋さんが訪問
 またまた本日も晴天なり。
 さて本日は京都から米屋さんが我が家を訪れます。米の生産現場の水田に面会にくるそうです。

 それと麦の利用についても、知恵を借りたいと思っています。一面の麦畑といっても70アールばかりですが。麦を加工するならば、お茶もいいけど、ビールがいいな、四万十川で自分の生産した大麦でつくったビールで、ワイワイ楽しく飲めれば最高だろうなと、夢は勝手に膨らんでいきます。

 これから京都の同志の方と四万十川を訪ねます。途中でアユも釣りながら、下流への旅に出かけることになっています。


 2001/5/18(金) 麦畑の訪問者
 若芽が目に染みる5月です。
 小鳥も気持ち良いのか一段と声を張り上げています。

 さて、昨日麦畑で休んでいたら黒塗りの車が止まりました。何でも高知食料事務所のエラ〜い方でした。高知県一の広い麦畑を見て「どのように利用するのか」とのこと。僕は「刈り捨てて大地に返す」と言ったら、「もったいない」とのこと。米が余っているために減反するのに、なんで麦を減反作物に選ぶのかと聞けばお茶等の加工用に使えば問題ないとのこと。麦も米も同じ食料だと思いますのに、理屈のこねつけですよね。

 役人とここで喧嘩しても仕方ないので、麦で笛を作り、吹き鳴らしながら僕なりに考えることにしました。

《麦の利用方法について》 

 この麦は無農薬で栽培したものです。ですから、刈り捨てるのは もったいない気がします。
 もし生協さん等でお茶などに加工して利用するご希望がございましたら、差し上げたいと思います。
 誰かこの麦もらってくれないかな〜〜〜〜。

 そうそう忘れていました。この麦は大麦です。ビールにしても よいと思います。四万十川の無農薬麦で作ったビ〜ルは美味しそうですね。 


 2001/5/16(水) 平和主義のアユ
 
本日も快晴なり。
 
 
昨日は四万十川に釣り人が沢山訪れていました。
 生育は遅れ気味で15cm前後です。
 オトリのアユより小さいのでダメですね。それでも釣りを堪能出来るのですから、釣りは奥が深いというべきでしょうか。
 水温が低めで、6月に入らなければ期待できないかも?
 それでも20匹ほど釣り上げている人もいました。
 
 地球に国境があるようにアユにも縄張りがあり領土権を主張しているアユを釣り上げるわけですが、最近は平和主義になったのか、縄張りを主張しないアユが増えてきているそうです。

 琵琶湖産のアユや養殖アユが増えてきていて、闘争心が失われてきているようです。人間より早く環境に順応できる能力が発達しているのかもしれません。人間社会も国境がなくなればすばらしい星になると思いますのに。


 2001/5/15(火) イチローから農業論へ
 
おはようございます。
 こちらは雨期に入ったと申し上げたら、とたんに晴天続きです。皮肉なものですね。

  イチローすごいですね。常に真剣にとりくんでいる姿勢がよいと思いますね。バットの芯で捉えているから外野を抜けるゴロが打てるのです。芯で捉えてなければ凡フライになるはずです。野球は相手のいるゲ〜ムです。凡フライを打っても見方によれば相手の投手の技術がバットを上回っていることもありましょう。 
 こうした見方をしてもなお全米がイチローをスゴイといい、アナウンサーまでが中継で「イチロー、スゴイ」と叫んでいたのには驚きました。イチローがノーヒットを記録したとき、スタンドは敵味方なくイチローに声援を送りました。あれがアメリカの文化だと思います。   

 かたや日本人の僕達は相手には野次を飛ばし、記録の阻止を求めます。素直に誉めるのではなく、何かひとこと言葉を入れたがります。コレを島国根性と言うのでしょう。僕達の染色体のなかに長い歴史の中で組み立てられたものかもしれません。文化の違いでは片付けられないものを感じます。

 日本農業も同じ発想では外国に勝てないと思います。さも外国の産物が危険なものであるかのような考えでは、外国に負けるかもしれません。外国にどんな安全な産物が生産されようともそれ以上のものを生産する熱意がなければ日本の農業は負けだと思います。
 
 いつでも相手にケチを付ける発想からは、文化も育たないし、進歩も望めないと思います。イチローに対する日米の反応の違いから、農業論にまで発展しました。ごめんなさいね。

 では、これから救援隊の出動を待っている人たちがいますので、田んぼに出かけます。


 2001/5/13(日) 15日からアユ解禁
 
雨期に入ったと申し上げたら、とたんに晴天が続いています。
 イチローいいですね。凡人は金に困らなくなったら、仕事より遊びを考えますが、彼は常に前向きに懸命に取り組んでいますね。その熱意に感動を覚えます。
 学ぶべきと思っていますが、さて我が現実は?

 15日から四万十川上流がアユ解禁になります。徳島や大阪からも訪れますが、さて今年のアユの生育は?気になるところです

 窪川町より上流でのサオ漁のみの解禁です。漁協は稚魚4トンを放流していますが、4月の雨不足で生育は遅れ気味です、大きくても15センチ程度です。今月は雨で増水しましたので天然ものの遡上も見られます。
 
 よく釣れそうなポイントは、窪川町松葉川発電所付近や東川角、上流では大野見村、 栂の川やナロ沈下橋付近が釣れそうです。
 
 地図を片手にこうしたポイントに阪神地区からも訪れます。なを網は7月10日からです。一度釣りに訪れて下さいね。アユが待っていますよ。


 2001/5/10(木) ボランティアの農作業
 こちら長い雨期に入りました。7月中旬まで毎日湿度の高いうっとしい日々が続きます。
 部屋に除湿機をおくと、朝には洗面器いっぱいの水がたまっています。洗濯物が乾燥しないので 昔は炭をたいたり、焚き火をしたり、子供のいる家庭は大変でした。
   
 さて今は新緑がきれいです。特に、椎の木の若芽は 鮮やかです。
 新緑の山々をバックに、今は水田の耕起が行われています。水田の表面は水の鏡となっていまして、新緑が映しだされています。
 さあ僕もこれから水田に出かけます。今はボランティアの農作業が大忙しいです。

 と申しますのも、農村は高齢化が進んでいて、病人が出たら大変なんです。家庭内には農作業のできる人は限られているからです。
 そこで僕達の出番となるわけです。「助けられる」人が「助けを求める人」のお手伝いをする、そんな目的で 農作業救援隊を組織しています。オペレーターが 病気で困っている家庭は 救援隊に救助を求めてくるわけです。

 報酬は頂きませんが、笑顔がなによりの 報酬です。
 では、これから出かけます。 



 2001/5/6(日) 挑戦する気概
   ゴールデンウイークは全国的に天気に恵まれなかったようです。こちらの雨は水田作業には恵みの雨です。連休で、出かけている人達にはお気の毒なことです。でも、今日は晴天になりそうです。

 野球は断然大リーグですよね。勝つのが当然の巨人と最下位が指定席の阪神。コレではダメです。野茂やイチローのように挑戦する気概が大事ですよ。みんな巨人を希望してダメなら しかたなく他球団に入る今の選手はやがてファンから見放されて行くと思います


 2001/4/25(水) ショウガ植え終了
 ショウガ植えがやっと終わりました。後は天に任すよりほかに手はありません。四万十川のほとりの新緑が綺麗に水辺に映えています。

 川のあちこちではウグイ(こちらではイダとも言います)が、産卵期を迎え、真っ黒になるほど集まっています。子供でも手で捕まえれます。
 恋の邪魔をすることに無頓着でいられるなら?



 2001/4/10(火) 村長選挙
 
今こちらでは、村長選挙のまっ最意中で駆り出されています。あまり好きではないですが、出陣式にはマイクを持たされました。それにしても、この間、お会いした徳島のダム反対の木頭村の村長は落選しました。政争のむずかしさでしょうか。選挙の前にお邪魔しましたので,、気の毒に思いますね。山村が輸入木材に押されて、住民は生活が苦しくなっています。
 
  ダム反対のみでは住民はついてこない時代になったのですね。第一次産業の衰退は、村社会にも様々な影を落しつつあります  
 日本も内部から崩壊が始まっているのでしょうか。


 2001/4/6(金) 初カツオにはショウガ
 
4月5日の「おもいッきりテレビ」では内臓脂肪を減らす食品をテーマにしていました。初カツオは脂肪が少なく、これに ショウガはとても有効だそうです。ショウガの中には辛味成分(ジンゲロン)が入っているので、相乗作用により内臓効果を減らす働きがあるのです。ショウガは私も生産しています!!
 カテキンを含む緑茶(とくに新茶)もいいそうですよ。


 2001/4/5(木) 小鳥鳴く
 さて、こちらは南国土佐なのに今朝も霜が降りました。
 しかし、小鳥はいっこうに気にすることなく、一日中鳴いています。社会保障も保険もないのに、よくものんきに歌っていられるものだとあきれます。人間は保険や退職金と保証されていますのに、土まみれで働いています。  
 
 小鳥の世界も、それなりの目的があって鳴いているのかもしれませんが、とにかくキレイな声で鳴いています。   
 
 巣作りが始まりましたが、小鳥も色々研究して巣作りをしているようです。最近は、草木に変わって、ナイロンやビニールを使って巣作りをしています。
 コレは小鳥の知恵なのか、それとも人間が所かまわず粗大ゴミを捨てているからでしょうか。
 四万十のほとりも少しずつ変化しているようです。



 2001/4/3(火) 生姜植付けで大忙し

 今はショウガの植付けで忙しく、これから出かけます。四万十川のほとりも桜の花盛りですが、花見どころではありません。
  
 最近は都会の若者が村にくるようになりました。それぞれの悩みや挫折もあるようですが、自然は人生に疲れたとき、安らぎを与えてくれるのでしょうか。

 「心の再生工場」なのかもしれません。


 2001/3/12(月) BE-PAL
 寒い春です。ウグイスは鳴くことをやめました。そそっかしウグイスだったんですね。
 さて小学館の「BE-PAL」という雑誌の4月号(P91〜93)に私のファミリー記事と四万十川の記事が出ています。
 
 こちらでは、いまイチゴがとれています。四万十川のイチゴは甘いですよ。昼と夜に温暖の差があるので、甘い味になるようです。なんといっても水や空気がきれいですから。  
 では、またウグイスが鳴いたらお知らせします。


2001/2/27(火) ウグイス鳴き始め
 おはようございます  
 昨日から我が家の裏山でウグイスが鳴き始めました。今日は3カ所ほどで鳴いています。まだ少し下手ですが、すぐにうまくなるでしょう。発声練習というところです。

 そういえば、同じ高知県西土佐村も素晴らしい所で自然がいっぱい残っている村です 奥屋内という集落には、幻のトリで県鳥にもなっているヤイロ鳥が生息しています。この鳥は深い山の中で、人里離れた自然の中に生息する、人間にはめったなことには姿を見せない美しい鳥です。一度訪ねたいと思っています。


 2001/2/25(日) 何もしなかったら何も生まれない
 今日は四万十川にダムは要らない、ということでダムサイドでの反対決起集会に出かけます。どうせはかない抵抗に過ぎないかも知れませんが、何もしなかったら何も生まれませんので。 

 もうそろそろ野球が始まりますが、私はあまり巨人は好きではありません。先日、巨人がキャンプしているホテル前を通りましたが素通りしました。優勝を金で買う姿勢は頂けませんね。優秀な選手を金でごろごろさせてかいごろし(言葉は汚いですが)にしていますものね。巨人が負けているときしか テレビは見ないことにしています

 では、これから家地川ダムの現地に出かけますので失礼します。


 2001/2/17(土) 母なる大河四万十川にダムは要らない
 四万十川も雪景色です。15日には徳島県の木頭村に行っていましたが、雪で道は危なかったです。雪道に慣れてないですから。

 木頭村の村長と意見交換しましたが、山だけのむらで、厳しい条件ですが、ダム反対で国と戦い続け、中止させた闘争の苦しみの歴史を語ってくれました。一度計画したら一歩も後に引かない国の姿勢の誤りは、各地の干拓事業が証明しているのに、またいつ計画が蒸し返されるかも知れない不安を抱いて闘争の火は絶やさないようにしている村の姿には頭が下がりました。
 
 四万十川には家路川というダムがあります。このダムの更新期がきていて、いま撤去運動を展開しています。橋本知事は評論家的発言、解説者的表現でのらりくらりしています。

 そこで2月25日にダムサイドで知事に撤去を電力に働きかけるよう要望する大集会を開きます。「21世紀は土佐の国から大河はよみがえる」というスローガンを掲げての集会です。


 知事には 「母なる大河四万十川にはダムは要りません。キレイな川を取り返してください」という葉書またはメールでのメッセージを送る運動もしています。新聞一面を使っての宣伝もしていますので、会場の整理が大変と心配しています。

 木頭村は山だけの貧しい村なのに、パンよりも自然が大事と戦い続ける村民も偉いと思いますね。そこにいくと、我々のダム反対闘争は・・・。


 2001/2/3(土)
 四万十川のニュースを発信します。
 
○四万十川源流渓谷植樹参加者募集
 四万十川源流に島の川渓谷がありますが、この渓谷を守るために広葉樹の植樹を計画しました
 営林署の全面的協力も頂いていますが、何と申しましても皆の財産ですので、広く全国の同志のみなさんに呼びかけて継続した行事としていつまでも続けていきたいと思っています。

 同時に今後営林署が自然林の伐採を中止して四万十の自然保護の最高の協力者になってほしいという皆の願いを込めて木を植えたいと思っています。
 急ですが下記日程で行われますので、参加を一人でも多くと呼びかけています。     

日時:平成13年2月10日午前8時30分より
集合場所:高知県高岡郡大野見村吉野   「四万十川源流島の川渓谷保存会」  
西村 善徳 

高知空港より2時間で着きます。


 2001/1/17(水) 
 人生は長い。だからボチボチでいこうと思っています。 

 炭もボチボチ生産しています。四万十川の岸辺には土手の流失を防ぐため(?)に、先人達が竹を植えています。この竹を手入れしなければ水害の発生源となります。

 いま90歳のお年寄りの方の指導により生産していますが、販売のほうは苦手でボランティアになっています。継続するためには多少の利益が必要ですが、ままならないのが実情です。四万十の竹炭として皆さんに喜んでいただく方法があればありがたいです。喜んで利用してくださる方がいるだけで意欲がわいてくるのです。


 2001/1/16(火)
 地球の温暖化は嘘のように冷凍庫のなかにいるようなものです。高知では暖かい足摺のほうに雪が降っていてどうなってるの?というところです。

 本を買いに行ってもなかったので、書店で取り寄せてもらうことにしました。山奥はなにかと不便なものです。

 


[大野見村の紹介] [ショウガについて] [四万十源流の村から] [大野見村のLink]