目次: 本の目次へ 前ページへ 原発銀座をたずねて/ 人類最後の花道/ 物の豊かさより心の豊かさを求めて./低レベル廃棄物の末路/ 核兵器開発技術の恐怖/
使用済核燃料の恐怖/
放射性廃棄物よ どこへゆく/ 絶望工場/
地下があるじゃないか/ 放射性廃棄物処理問題/ スリーマイル島事故の教訓/ 停滞から崩壊へ/ 安全性とは何か
原発銀座をたずねて
○月○日
九州玄海の視察では何か物足りなさを感じたので、原発銀座といわれる北陸に飛び、福井の取組みと現状を見ることとした。
福井の原発の町も、玄海と同じく、貧しい集落の連なる地帯に建設されていた。厳しい自然と闘いながら、苦しい生活を先祖代々続けて現在に至っていることを思うと、同じ貧農の家に生まれた一人として胸は痛んだ。
福井は木の芽峠を境に嶺北と嶺南に分かれている。嶺南の若狭は、とりわけ貧しい半農半漁の集落が連なっている。古くから文化の栄えた嶺北には原発の力を借りる必要はないのか、原発は嶺南に集中していた。
福井原発は、1969年(昭和45年)に営業開始した敦賀1号機によってスタートした。さらに同年11月、美浜1号と着実に原発は誘発されていった。さらには高浜、大阪へと若狭各地に広がり、世界一原発の密着した地帯となったのである。
さらに、この地は原発の実験場でもある。沸騰水型に加圧水型軽水炉をもち、新型転換炉「ふげん」に高速増殖炉が「もんじゅ」があり、おまけに福井臨海工業地帯の一角には、核燃料組立工場まで造られようとしている。貧しいが故に、反対の声は人々を動かす力とはなり得ず、危険と不安を金の評価に換えたのだろうか。
現在、福井の人々に「君たちの選択が正しかったのか」を問うことは愚問である。長い歴史は、やがて、その結論を出すにちがいない。果たして、神々は未来の人々にどんなシナリオを書き続けようとしているのだろうか。
人類最後の花道
○月○日
高浜町役場を訪ねて、町長さんをはじめ、町幹部の方々の説明を受けることとした。
一通りの外部の説明を終えた後、町長は力をこめて次のように説明してくださった。
「やがて核戦争は始まる。そうすれば、人類は滅亡する。そのことを思えば、原発に安全を求めて反対するのはナンセンスである。我々は国が安全だといえば信じるべきだ」
「国が安全だというものまで疑うことは国民として誤っている」
「労働組合ですら、原発を受け入れるように変わってきたではないか」
町長は熱心に語りかけてくださった。
「やがて人類は核戦争で滅亡する」、こんな発想から「今のうちに金を使って、人類最後の花道をつくろう」とする政治が、地球人最後の姿として、今日本の空の下で行われつつあるという現実に直面して、私は狼狽した。政治に携わる者が、今取り組まなければならないことは、「核のない平和な地球をつくり、後世に残してゆく努力ではないか」と私は考えていたからだ。
ホテルに帰って新聞を広げて見た。広島には世界各国の代表が集まり、核戦争による人類滅亡への道を歩まないために敬虔な祈りが捧げられたことを報じていた。
原発に賛成すると否とにかかわらず、平和を願う人々の心を逆なでする町長の発言が頭から離れず、寝つかれぬ長い夜を迎えた。
○月○日
福井に最初に造られた日本原子力発電敦賀一号機による放射能漏れ事故騒ぎの経験をもつ、現地町長の言葉とは信じがたい昨日の安全発言だった。
そこで簡単ではあるが、過去の事故にふれてみたいと思う。
1981年4月18日、通産省資源エネルギー庁と福井県は、なんと、午前5時という時間帯に緊急記者会見をした。事態がいかに深刻であり、動揺していたかは、午前5時という時間で、およその想像はつこうというものである。海草の中から平常値の16倍、一般排水出口の土砂からは、平常のなんと100倍の放射能が検出されたのである。
放水口ではなく、一般排水路から、なぜ流出したのか?常識では考えられないことである。おそらく過去に事故を隠していて、ついに隠し続けられなくなったためと、私はその時思った。調査の結果、3月8日に廃棄物処理部屋内部で、高レベルの放射能廃液が床へ流出する事故を起こし、放射能廃液が床面と壁の隙間から地下を通って排水路に流入したためとわかった。原子炉施設のずさんな設計と、人為的操作ミスが重なったための事故なのだ。しかし、ここで働く人々も、町長の言葉を借りれば、やがて核戦争で死ぬ人たちである。したがって、下請け作業員には、事故発生の時、廃液をバケツですくわせ、雑巾で拭わす念のいれようで被曝させるおまけまでついたのである。
しかも、この重大事故をひた隠しにしようとした関電側の姿勢を、どう理解すればよいのだろうか。町役場には、この事故以来、放射能モニターまで設置しなければならなくなった現実を前に、なお「安全を信じるべき」と叫ぶ町長の姿勢から我々は何を学んだらよいのだろうか。
どのひとつをとっても、金に目の眩んだ人々が反原発を叫ぶ人たちに対して、「エネルギー文明万能の時代に生きる資格のない前時代的落伍者」と決めつける理論が根底にあるからにほかならないといえよう。こんなことではいつか、原発には重大な事故が発生するかもしれない……、と心配になってきた。(1984年夏)
物の豊かさより心の豊かさを求めて
○月○日
原発銀座福井県を回っているうちに、「物の豊かさを求める政治」と「心の豊かさ」を大切にする政治の二通りの道があることがわかってきた。
原発の若狭のすべてに建設されているように考えられているが、実は小浜市と三方町には原発はつくられていない。1968年から1972年ごろにかけて関電が計画していた地区には、小浜市も三方町も含まれていたはずである。なぜ、この二つの町は「金のなる木」に登ろうとしなかったのだろうか。もちろん、二つの町の原発推進派は強力にあの手この手を使い圧力をかけたし、反対派に対する中傷も卑劣を極めた。ついには「原発反対小浜市民の会」が生まれ、受けて立つこととなったのである。
こうした流れの中で、当時の鳥居市長は「市民の声を二分してまで原発を誘致するほどのメリットはない」と判断した。
「一期でも議員を長く続けたい」「市長を長く続けたい」と考えるのは人の常であり、ともすれば数のうえで勝ると考えられる賛成派の力を利用したがるものだが、希にみる気骨のある市長である。
しかも鳥居市政を受け継いだ浦谷市長は、「原発の財源より、市民の心の豊かさを優先させたい」と表明するに及んで、小浜市には原発は建設されなかったのである。
最近、ともすれば、首長や議員は、住民の関心を引きつけて票に結びつけたい一心から「心よりものの豊かさ」を前面に出したがる傾向にある。これは「住民レベル」との関連が一概には言えないが、常に損なクジを引かされるのは、住民側であることだけは紛れもない事実である。
市役所を出た私の眼に北陸の太陽は、まぶしく輝いていた。貧しくとも住民が一体となって一歩一歩自分たちの力で「豊かな町づくり」を目指す小浜市と三方町には頭の下がる思いがした。
「物が豊かなために争いの絶えない」生活よりも、貧しくともみんなで力を合わせ、一つの物も分け合って生きてゆく農村の姿のなかに、はるかに魅力を感じる。この魅力こそ、長い歴史を通じて私たちの先祖が築いてきた尊い遺産だと思うし、私たちが子や孫に受け継いで送らねばならない最高のプレゼントでもあろう。この遺産を、たとえ金の成る木の原発のためとはいえ、私たちの時代に失う権利は、どこの誰にも与えられていないと私は思う。
低レベル廃棄物の末路
低レベル廃棄物は、ついにドラム缶40万本を超そうとしている。このドラム缶を格納する施設を次々と建設していったら、やがて日本中をすっぽりセメントで覆うようになるかもしれない。
一方、原子炉の寿命は30年といわれている。しかもセメントの腐食は当初計画よりも早く、原子炉本体すら応急処置を必要とする現状が実態である。ともあれ、将来廃炉となった原発をどう管理すればよいのだろうか。解体して再建をくり返す技術が開発される可能性の是非は別として、頭の痛いことが目前に迫ってきている。
平和目的、産業用という名のもとに、原発が次々と建設され、工業国日本として、とめどない発展を続けてゆくために、人為的に放射能を作り出すことが、はたして我々の子供や孫たちのためにも、許されてよいことなのだろうか。その是非を考え直してみる時代に入ったといえるのではなかろうか。1人当たりの電気の使用料が世界で一番高い国だということのほうが、むしろ問い直されなければならないといえよう。
「原発によって電気をつくり、電気を使って生産される工業製品を輸出し、見返りに農産物を輸入する」、これが財界のねらっている戦略である。しかもこの戦略は軌道修正ができないままに、ひたすら暴走をくり返している。もはや第一次産業と原発が両立する道はどこにもない。しかも、どの道を選ぼうとも、財界の選択する道は、出口なき迷路を奥深く進入してゆくだけのことであろう。我々日本人は、ともすれば島国根性的であって、閉鎖的な一面をもっている。私たちの身体は頭から足先までバランスがとれていてこそ健康であり、活動できる。指や足だけが異常に発達しても、なんの役にもたたないだろう。
「我々は一人一人であっても、終極においては一人一人ではない」と考えられる、日本という島の中に住む運命共同体の一員であり、一細胞にすぎないことを忘れてはならないと思う。したがって、原発を建設することによって、電源三法によって交付金を手にした町村に対しては、地方交付金不交付団体に指定することによって、行政のバランスを保とうとしている。
電源三法による交付金に眼がくらんで、金に糸目をつけず、公共施設を乱立した原発の町では、公共施設の維持管理費が町財政を圧迫し、結局、「原発によって手にしたはずの交付金も、住民のためにはならなかった」。これが、原発の町の住民が、電源三法交付金を手にして初めて知った現実であり、高価な代償を支払って得た結論であった。
まもなく窪川町には「窪川地域振興計画」が提出されるだろうが、「電源三法による交付金を、どう地域に生かしてゆくのか」。国にすら解決策がないのに、窪川町民をどう理解させる振興計画を立案するのだろうか。
経済大国として、異常な成長をとげた日本が、工業立国として生きていける道は、終極において、出口なき袋小路でしかないことを万人が認めざるを得ない現実となる時代になるだろう。
「外がダメなら内がある」と考えるだろうが、内需はいずれの先進国でも限界にきていることを知らなければならない。では最後に「打つ手はなにか」。残された唯一手段はコメの自由化であり、農産物の自由化であろう。「原発によって工業を発展させ、食料は外国から輸入すればよい」、これが財界の首長する工業立国日本の姿であり、農業亡国論の根拠である。原発と第一次産業は両立できないことは世界各国から貿易不均衡を責められている現実が証明して余りある。
電源三法による交付金によだれを流す前に、「第一次産業の発展と原発とが、同一線上のどこで交差しうる接点をもっているのか」、関連地域住民にも理解できる答えを出すべきではないか。窪川町新興計画は、その説明なくしては答えとはならないだろう。
全国の原発の町を歩いて得た真実は、「一町村のみが富むことを保証する政治は、日本列島のどこにも存在していない」ということであった。空気入りのチューブの一カ所だけを押しつけるように、特別優れた地域をつくれば、逆にそれだけ「へこむ」所ができる。これが電源三法によって交付金を得た地域の行政の姿であった。
ここで改めて問われなければならないことがあるとすれば、「米を作れ」と言われれば「米を作り」、「米を作るな」と言われれば「ハイ」と答えて政府の方針に従うことしか生きる道を知らなかった土佐の貧しい農民が、窪川原発を前に、重大な決心を要求されているという事実である。30億という金が「高いか」「安いか」は別として、金の力に迷い、良識を賛否という意思に変えていこうとしている現実にこそ、町や村の新興を妨げる要因のすべてが内蔵されているのではなかろうか。
「金の力で賛否を問うのではない」と反問される人もいるだろう。「日本が発展するために必要だから、原発に賛成」「安全だから建設してもよい」と考えて賛成する人もいるかもしれない。
安全が保証される原発なら、なぜ関連町村にまで、電源三法による30億の金が、チラチラ顔を出さなければ話が進まないのだろうか。
いつかは必ず発生するであろう原発事故に備えて、住民に支払う生命の代償として、この30億が「高いか」「安いか」はそれぞれの立場によって、評価は違ってくるだろう。明日に農産物の自由化が迫ってこようとも、とめどなき工業化社会に向かってブレーキの故障した自動車のように暴走してゆく時代にさらに協力することになるとしたら、原発を安全問題以前の問題としてとらえる姿勢が、農村に生きる私たちに求められているのではなかろうか、と考えさせられる。
核兵器開発技術の恐怖
日本には非核三原則があり、核の保有は禁じられている。しかし「核を保有しない」、「核の研究を続けたい」という欲望は常に一部ではもっていることも事実である。なんとか合理的に核の保有はできないものか、この考えの焦りが原子力船「むつ」であり、原子力発電所建設へとなって具現してきている現実は無視してはなるまい。
使用済核燃料からは、核兵器に転用できるプルトニウムを取り出すことができる。カーター大統領は、この点に恐れを感じるが故に、商業用処理施設の建設を無期限に延期、高速増殖炉の開発を凍結したことは、あまりにも有名である。これはアメリカが自ら強い核防止政策をとることによって、日本や他の外国の両処理技術開発に歯止めをかけ、核拡散防止への力を強めようとしたからにほかならないといえよう。
原発は平和と戦争の両面をもって動く同一線上に開発されてゆく因果関係にあり、原発でウランを使えば使うほど、その国はいつでも、戦争で使用できるプルトニウムを保有することができる。ここに日本が血まなこになって原発を建設しようとする理由と根拠が潜在しているのではないだろうか。
使用済核燃料の恐怖
私たちは九州、北陸と稼働している原発の現地を見てまわったが、将来にわたって、原発の安全性に対しては電力側はきわめて楽観的であった。しかし、納得のいかない面も少なくはない。原発で焼却した使用済核燃料の中には、放射性の強い死の灰や、ウランとウランが中性子を九州して生まれたプルトニウムが含まれているという。これは高レベル放射性廃棄物として厳重な管理が必要なことはいうまでもない。プルトニウムは微量でも吸い込めば肺ガンになるという代物である。しかも半減期は2万年以上といわれ、半永久的に人間の手によって管理を続けなければならないということになる。このように危険な使用済核燃料を、「我が町で保管することには反対」と、アメリカでは住民や地方政府の反発は強まるばかりである。
一方、我が日本国民は、かつては竹槍で女子供が2メートルもある大男に立ち向かった勇気のある国民である。「我が町に再処理工場建設をどうぞ」とレーガンが、羨ましがるほど理解のある町や村が存在している国である。これを「勇気のある住民」と理解するか、出口なきトンネルに進入してゆく「愚かな住民」と見るかは人それぞれの判断によって違ってくるだろう。
ともあれアメリカの原発業界は、今や氷河時代に入ったといわれている。理由は「今世紀人類が作りだした最も汚いゴミを処理できる技術も、方法も、この地球という枠の中では永久に確立されないだろうと考えられるからである。
では、この放射性廃棄物はどこをさまよい、どこに保管されようとしているのだろうか。
放射性廃棄物よ どこへゆく
「スリーマイル島の大事故も、外部には、何の影響もなく、マスコミが言うほど危険なものではない」というのが、我々に対する電力側の説明であった。しかし、その後、周辺住民に発生しているといわれる白血病の恐怖に対する答えとしては、私には満足できる説明とは思われなかった。
スリーマイル島で発生した廃棄物は2台のトラックに積まれてペンシルバニアから600km離れたサウスカロライナまで運んだが、州知事に通行を禁止された。「今まで、全米の80%の低いレベル廃棄物を受け入れていた知事よ、今さら何を!」とケンカになるおTころだが、ケンカよりも先に急いで逃げ帰ったという。強力な放射能を含んでいる荷物を運ぶトラックに、ケンカする時間は許されないのだ。
フランスやイギリスに送り続けている我が国の廃棄物も1990年にはストップされる。この時、日本の放射能廃棄物はどこへ運ばれていくのだろうか。小さな島に1億以上の人間が住んでいる国である。広いアメリカにすら棄てるところもないというのに、日本のどこに誰が、安全に処理できる場所を確保できるというのだろうか。
絶望工場
「再処理によって核廃棄物処理は解決する」というのが、電力側の説明であったことは、先に述べたとおりである。しかし、「再処理技術は、まだ確立されていない」と理解するのが現実的判断であり、「永久にその技術は確立されることはない」と私は断言しておきたい。
過疎の村、大野見ですら、毎日排泄される人糞の処理さえ未処理のままである。公害対策のために高幡東部清掃組合は地域住民に何千万単位で補償金を支払っている事実は、人糞ですら、いかに最終処理が難しいかがわかろうというものである。
ともあれ、自分達の屎尿処理さえ解決できない人間が、原発賛成なるが故に、あたかも廃棄物処理の安全が確立されているが如き発言を聞くと、滑稽に思えてユーモアさえ感じる。
さて、米国では1959年、オークリッジで化学爆発、61年にはアイダホでプルトニウムの連鎖反応事故、73年にはハンフォードで大量の外部漏洩事故、76年には化学爆発事故が起きている。さらにソ連や中国で大事故が発生しないという保証はどこにもない。71年から始まったバーンリエル商業再処理工場は大部分感性しながら、建設中断のままプラント復活の見込みはたっていないという。まさに人類が手がけても、手がけても、結論のない絶望工場、それが原発のもっているもう一つの顔なのである。
我が国では71年から始まった東海村の工場で、82年、83年と立て続けに溶解槽の穴あき事故が発生したが、今なお、再開の見込みはたっていない。この溶解槽はフランスから購入された物であり、「世界のトップレベルの技術をもつフランスの力をもってしても、東海処理工場の完全再開はできない」とするなら、まさに絶望工場と言われてもしかたないだろう。
「地下があるじゃないか」
「高い金をかけて、再処理するより、地下に埋めたらよい」という理論が、自然的発想として出てこよう。だったら人糞も、高い金をかけて処理しなくとも、地下に埋めたらよいということになる。しかし「人糞さえ、地下に埋める場所はない」、それが行政が直面している実態である。
かりに地下が可能だとしても、これから人類が何億年も生き続け、人口の増加が続いていくとしたら、日本国土が有限である以上、袋小路への迷路を奥深く進むことにしかならないと考えるのが、常識というものではなかろうか。
また果たして、地下は安全だろうか。「容器は腐食する」「地下水は汚染する」。したがって、我が国の場合、地下処理可能地はきわめて限定されてくる。一時的になら場所はあるだろう。幸いなことに過疎に悩む村がある。財政に行き詰まっている町がある。金の力を借りれば、こうした地区に一時的には受け入れる町村も出てくるかもしれない。しかし、過疎に苦しむ村や町が再処理工場誘致を受け入れたとしても、一時的ならいざ知らず、根本的な過疎の解決とはならないかもしれない。
話は変わるが、青森県下北には原子力船用の新港が建設されている。我が国にとって、原子力船がいかに無用なものであるかは、「むつ」が高い授業料を払って教えてくれたはずである。
この下北には、さらに高レベル廃棄物と使用済燃料を持ち込む計画がある。下北は自然災害の発生する危険を内蔵している地域である。「使用済み燃料の冷却プールを津波が襲った時どうするのか」、「また地震によってプールに亀裂が生じた時は、どうなるのだろうか」、「地下水に混入する危険はないだろうか」。ありがたいことに、下北の処理施設予定地は透水性の優れた地点であり、やがて廃棄物の毒性は青森全域に拡散してゆくに違いない。
また、この地の活発な地下活動は、もっと恐るべきシナリオを準備しているかもしれない。
この「死も北」、失礼しました「下北」には、八甲田火山群とともに人為的危険物が山積みしている。艦砲射撃テスト基地、原子力船基地、そのうえ地対空射撃場と石油基地、その他の射撃場と危険施設が海岸を埋め尽くしている。空と海からは、銃爆撃が繰り返される地帯に、地域住民が貧しく、過疎であるとの理由で技術的にも安全の保証もない施設がつくられようとしている。
過疎対策という名のものに、人の住めない大地をつくる……それでも過疎対策だろうか。
「放射性廃棄物はいずれ解決するだろう」、「国が安全だと言えば、それを信ずるべきだ」。町長は旨を張って熱っぽく力説した。この姿勢から、過疎対策として、あるいは地域の活性化という言葉で、地方自治体や政治家が、金の力で間違った心理を人為的に社会常識化しようとする姿勢を感じたとしたら失礼だろうか。
スリーマイル島事故の時、大統領ヘリは風下へ降りた。大統領だからそれでよかったのかもしれない。しかし住民は、常に家を風土に移動することはできない。広大な国土をもっているアメリカでさえ、安全に処理できる核廃棄物埋め立ての場所は、まだ見つかっていないのだ。
神々はかたくなに口を閉ざして、20世紀に人類が生み出した最大の危険物をどこにどう処理すべきかを、永遠に教えようとはしないのだろうか。そこに宇宙船地球号の悩める姿があり、「繁栄か」「絶望か」の最終ラウンドに突進してゆく姿があると私は思う。
放射性廃棄物処理問題
世界各国とも、放射性廃棄物処理が深刻化してきた。しかも、この廃棄物処理が安全でかつ簡単に取り組める技術が確立されたとしたら、未確立の現在より、さらに恐ろしい時代に突入することになるだろう。いずれの道を選んでも、成功のない放射性廃棄物処理であるところに、原発のもつ潜在的人類滅亡への恐怖がある。これは単に米ソ間の問題のみにとどまらず、地球人全体の問題として、「生存」か「滅亡」かを問われようとしているといえよう。
原子力発電所内に、ドラム缶に詰めて格納されている廃棄物の現場も見せてもらったが、半永久的に地球上にドラム缶を敷き詰めることができない以上、将来にわたってどう処理する心算だろうか。
米スリーマイル島事故から、アメリカでは原子力発電の安全性に疑問がもたれるようになり、発電コストは急騰し、安い原発から高い原発となり、懐疑心は高まる一方である。ついには建設中の原発まで中止のやむなきに至っている。
しかし、開発された原子炉は、どこかの国に売却しなければ、国家の威信をかけて開発した原子力産業は根底から崩れることとなる。そこで、我が国に対して、自動車の代わりに売り付けようとしているのだろう。「私の家では危険だから、あなたの家で買って下さい」と私たちが他人の家に、危険物を売り付けようとしたら、たちまち信用を失うことになるだろうが、国家間では話は違うのだろうか。
スリーマイル島事故の教訓
スリーマイル島での原子力史上最悪の事故を、ビデオで何度も何度も繰り返し見ることとした。日本のどこの原発視察に行っても、「絶対安全」をいかに視察者に印象付けるかに終始していたように思う。世界の学者のなかですら意見が分かれているのに、電力会社の説明者が、私たちに対して「信用して話を聞け」と言ってみたところで、どだい無理な話であろう。
スリーマイル島事故で、粉々に砕けたウラン燃料棒は、21世紀に生きる人類に何を伝えようとしているのだろうか。
この2号炉を再使用するために修理するとしたら、新しく原発を設置するのと同じくらいの費用がかかることだろう。原発の新設地がなく、やむを得ない事情に迫られない限り、アメリカはこの2号炉は、事故の記念碑として永久に放置する方が無難であることを知るに違いあるまい。
ともあれ・このTMI原発事故は、安全装置の改善が義務付けられ、安全審査も厳しくなった。かくして事故の後は、原発の新規発注はゼロとなり、建設中や計画中にキャンセルされた原発は44基にのぼるという。ショウハム原発は予定より15倍の資金を投入したうえに、まだ完成していないという。
「原発によって電気は安く供給できる」と日本の原子力発電現場では説明されるが、原発を導入したた四国電力は、まだ県民の使う電気料金を値下げしていない。
現在電力は17%も過剰になっている。そのうえ、政府は原子力発電の場合は1キロワット13円で、石油火力の17円に対し、はるかに安いから、国民はおかげで安い電気代におさえられていると言う。しかし、原発が13円よりもはるかに高いことは通産省も認めている。なぜなら、廃棄物処理費、廃炉の処分コスト、建設単価の高騰等が算入されていないからである。
原子力発電能力ゼロの北陸電力に対して、東京電力は7基の原発をもち、580万キロワットの発電能力がある。これに対して電気料金は、北陸電力は18円84銭、東京電力は22円97銭となっている。原子力発電にカを入れている東京電力の方が、原発をもたない北陸電力より電気料金は高くなっている。この現実を見ても、「原発が安く電気を供給できる」というのはウソである。
ワシントン公営電力供給会社が、22億5000万ドルにのぼる公債の債務不履行に陥った事実は、「いかに原発のコストが高くつくかを、証明している」と理解することが現実的といえよう。
コモンウェルスのエジソン社といえば、米国原子力産業の大手である。運転中の原発7基、建設中の原発5基、全発電量のうち原子力が占める割合は45%に達する。業界では優秀企業として、その安全性も信頼に値するものがあった。しかし、エジソン社が建設していた、バイロン原発の運転許可申請が、NRCの原子力安全許認可小委員会によって却下された。この事実は原子力発電に安全の保証はないからなのだと私は受けとめたい。
投じた資本33億5000万ドルは宙に浮いたままである。いかに金のある企業といえどもその限界を超えていると思われるのに、アメリカの処置は猶予なしの完全却下であり、安全対策のむずかしい未解決部分がいかに大きいかは、これ以上の説明は不要だろう。
余談になるが、このエジソン社以上に、安全を保証できる原発会社は、まだ世界中、どこにも存在していないことも科学者たちの認めるところである。
アメリカでは着工している原発のキャンセルは珍しいことではないが、マーブルヒル原発2基の場合は、工事は半分終わっており、すでに使われた資金も25億ドルという巨額に達しているから、話はややこしくなってくる。1号炉は56%、2号炉は33%まで工事が進んでいたという。当初は14億ドルを見込んでいた建設費は、ついに70億ドルに達しようとしている。これ以上資金を調達することは、企業カの限界を超えていると判断したからにほかあるまい。さらにオハイオ州シンシナチ市のジュー原発も事実上のキャンセルに追い込まれたという。工事が杜撰なことや、安全装置の欠陥が問題となり、工事の中止を命じられたのだ。再建開始となれば、さらに30億ドル以上の金をつぎこまなければならないという。これでは原発は金が回って電気を起こしているようなものである。
我が国においても、現地の反対が強いことを理由に会社のメンツを守りながら、原発からは手を引くのが得策と考える時代が、もうそこまで来ているような気がしてならない。そのためにも電力側にとっては、反対派の存在意義は大きいといえよう。
停滞から崩壊へ
スリーマイル島事故以来、アメリカの原子力産業は、一つまた一つと消え、米国原子力産業は明らかに、重大な岐路に立たされるに至った。
高浜町長が「7割の稼動率を8割に上げるよう電力会社に申し入れる」と胸を張った時、原発事故への落とし穴を知った思いがして恐ろしくなった。使用されるウランの量を増し、町に落ちる交付金を狙って、安全の限界にまで稼動率を上げるよう要求するほど、今、なぜ財政が行き詰まりつつあるのだろうか。
思えば、過去にどれほど国民の前に事故隠しがあったかは今さら申し上げるまでもなかろう。私は町長の言葉のなかに、いずれ重大な原発事故が起こりうる危険を感じずにはいられなかった。
しかし事故よりも、さらに恐ろしいことは、電力三法による交付金で町の財政が潤っているはずなのに、一方では、稼動率アップを要求しなければならないほど、なぜ財政が緊迫したのかが問われなければならないと思う。
アメリカでは77年から80年までに、8基の原発建設がキャンセルされ、2基は中止となった。この事実は先進国アメリカをもってすら、工業化社会の未来に限界を感じているとともに、原子力産業から撤退をも考慮せざるを得ない現実に直面していることを、物語って余りあると解すべきではなかろうか。
こうしたアメリカの現実を見ても、なお日本の企業は工業化社会に夢を描き続けようとしている。一度惰性がつくと、そのままの遠心力で回転を始め、自らは制御能力を失い、立ち止まる理性をもちあわせていない国民性(一部)が、過去にどれほど誤った歴史を綴ってきたかを考えるとき、危惧の念を禁じ得ない。海外から日本の工業化に批判が高まり、内需にしか活路が見出せない現実に直面した時、どのような解決策を選ぶか、新しい選択を迫られているといえよう。海外市場に根を張って急成長した日本という大木は、いずれ音をたてて倒れるに違いないと思う。産業規模が停滞と縮小への段階にはいった時、原発を高度成長期に乱立させ過ぎた通産省の誤りは、終極において、国民に大きなツケをまわすことになるであろう。
タービンは回せても、頭の回転は不得手な電力会社の代表ですら、ここにきて、「原発は推進したくない」との声をもらすようになった。高浜原発3・4号炉は、建設が本決まりになってから、設置許可までに29ヵ月を要し、福島第2原発4号炉で25ヵ月、同3号炉で41ヵ月を要するに至ったことが、この間の内情をよく物語っているといえよう。
窪川町が30億に限が眩んで、町を二分して醜い争いを続けている現実を尻目に、電力会社は、原発の新設については躊躇していると同時に、「建設抑制期に入った」と受け止めていることも事実である。いずれにしろ、町を二分して対立してきたために受けた有形、無形の損失は、電力会社の関与するところではなく、住民がすべて被害者のヒーローを演ずる以外にドラマの終末を描くことはできない。
安全性とは何か
今世紀人類が手に触れてはならない両刃の剣として、悪魔がその選択を人類に委ねた原子力産業は、口先だけの安全性主張の裏で、その正体を次第に露呈するようになった。
国内では原発事故隠しが繰り返され、そのたびに安全の神話は崩れ去り、スリーマイル島とソ連の今回の事故は「安全に絶対はない」ことを証明した。国内で大事故が起これば、「日本人はどこに安全性を求めて避難すればよいのか」、この問いかけに、電力各社は回答することができない。
また、韓国や中国でチェルノブイリ級の原発事故が発生したとき「日本はどうなるだろうか」、そう考えると、「原発を人類が玩ぶことは、未来に暗黒の世界しか描き得ない」と考えるのは誤りだろうか。(了)
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