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四万十源流の村から


 




本書は1987年3月に発行したものです。自然環境を守るという観点から、いまだからこそ記録に残しておきたい、知っていただきたい、という部分を再掲していきたいと思います。

 

 私たちの村は人口2000の四万十源流の山あいに開けた小さな村です。

 四万十川の清流が、今日まで支えられてきたのは、沿線の町や村が過疎だったからだと思います。開発から取り残された過疎の町や村が、今の四万十の自然を守ってきたことはまぎれもない事実と言えましょう。

「開発」と「自然保護」の接点をどこに置くか、私たち沿線住民のこれからの課題は大きいと言えましょう。

 四万十の清流を守るためには、まず「上流をきれいにしなくてはならない」を合言葉に自然保護に村中で取り組んでいます。
 
 しかし、いかに過疎の村の住民とはいえ、経済と無縁ではありません。

 人並みな文化生活を要求する気持ちも、過疎の村なるがゆえにまた人一倍強いことも否定できません。
 
 清流を守るために消毒をしないで栽培した米や生姜を中心とした農産物も、その努力を評価してくれる消費者がいなければ、結局は一方的な過疎の村の努力のみに終わってしまいます。
 
 そこで私たちは、無農薬で栽培した野菜等は、高知市を中心とした「高知 土と命を守る会」や「やおや四季」「やおや七草」等を通じて出荷してきましたが、四万十源流の村の農産物を求める人々は決して高知県民のみではないと考えています。
 言うまでもなく、四万十川は高知の川でも、四国の川でもなく、地球に残された数少ない地球人共有の財産の一つだと考えています。

 日本全国津々浦々の四万十川を愛する人々との心の交流を通じて、清流を守る運動に御協力いただければ、これに勝る喜びはございません。四万十源流の村で生産された無農薬米や、その他の農産物を一人でも多くの方々に利用していただき、あわせて、食を通じて、ご家庭で、あるいは職場で、四万十の自然を語り合っていただくとともに、皆さんのアイデアやご意見をお聞かせ願えれば幸です。(まえがきより)
 目 次
原子力発電所視察日記 原子力発電所視察日記2
松田哲学に学ぶ
国営農地開発事業視察日記
村議会一般質問の中から
闘病日記



 

 

 


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