Home

高知精工株式会社


 

 
 高知精工株式会社は、中土佐町大野見にあるミシン部品工場です。同社は(株)廣瀬製作所(本社・大阪)から発注を受けて、ミシンの心臓部ともいえるボビンケース周辺部品を製造しています。こうした部品を作っているのはほかに、新潟県内の佐分と、イタリアのチェリヤニというメーカーしかなく、廣瀬製作所グループが部品で出荷する分と、縫製機械に組み込んで出荷する分とをあわせると、世界でも80%以上のシェアを占めるそうです。高知精工は、その一翼を担っているわけで、世界に通用する日本の精巧な技術が 大野見で生かされているのは素晴らしいことです。
   この会社の創業は1984年です。市川正彦社長は大野見出身ですが、一度高知に出た後、マイクロメータ(測定器)をつくる工場を 大野見で立ち上げました。でも、3年間で倒産し、数千万円という借金を抱えてしまいました。結局、マイクロメータの会社は別企業が引き取り、村内の別場所に移転したのですが、市川さんは借金を返済した後も、農村に働き場を作りたいという夢を捨てきれずに、倒産してから10年後、かつてマイクロメータ工場があった場所に、ミシン部品工場をつくったのです。

 18年を経過した現在では本社のほか、第一、第二工場をもち、中土佐町大野見内外に100人近い労働の場を提供しています。「倒産後の10年間はいろいろ苦労しました。一度失敗するとあらゆる面で厳しく、つらい思いもしました。再度起業することは反対もされましたが、どうしても 中土佐町大野見で再チャレンジしたかったのです。

 やはり創業時が一番大変でした。窪川町に(株)廣瀬製作所の関連工場があり、そこで技術面などいろいろ指導を受けました。廣瀬製作所ではベトナムや中国上海にも関連工場があり、私も指導に行ったことがありますが、10年くらいたったら日本での製造はどうなるのかとちょっと心配にはなりますね」(市川社長) 


●働きやすい職場をめざして
 
 高知精工では、男女合わせて約100人が働いていますが、その半数が大野見の外からも通勤してきています。工場の裏手にアパートがあり、遠距離通勤になる18人が入居しています。工場で働く人たちの平均年齢は33歳くらい。若い人たちが働いている姿を見るのは気持ちがよいものです。

 もう一つの特徴は、夫婦で働いている人、母子家庭の人が多く働いていることです。会社が託児所も経営しているので、若い夫婦でも子供を預けて共働きができますし、母子家庭でも安心してお母さんが働けます。 大野見の小学校は20名足らずですが、半分以上が高知精工社員の子供たちです。託児所費用は1カ月5000円と格安なうえ、母子家庭手当も出しているので、人づてで他所から応募してくる人も多いそうです。 大野見は暮らしやすいし、子供を抱えて苦労している人にとっては温かく迎えてくれる土地でもあるのです。何よりも社長自身が苦労に苦労を重ねてきているので、従業員に対して細やかな配慮ができるのでしょう。また、窪川町にある身体障害者施設に仕事を発注しているそうです。
 写真左の尾崎清隆さんは長崎県出身で、大阪でサラリーマンをしていましたが、奥さんが亡くなり、 中土佐町大野見の住人になりました。我が家にも時々遊びにきてくれますが、物静かで好感のもてる人です。
 よく都会の生活に疲れて、農業でもするかといって新生活を始める人がいますが、それではうまくいきません。第二の人生にも前向きに取り組む人が成功すると思います。

 尾崎さんは、奥さんが病に倒れたことをきっかけに、空気のきれいな土地で暮らしたいと考えたようですが、こうした人を受け入れてくれる企業があったことが尾崎さんにとっても幸せでした。40〜50代ならばまだまだ若い。誰かいいお嫁さんがきてくれたらと期待しています。


[大野見の紹介] [ショウガについて] [四万十源流の村から] [大野見のLink]